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習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記
日時: 2010/04/08 23:20:15
名前: ws 

習作のリレーみたいなものです。

 >>1 第1話 一条 空氏

 >>2 第2話 ふぁんふぁ氏

 >>3 第3話 ws

 >>4 第4話 透水氏

 >>5 第5話 一条 空氏

 >>6 第6話 ふぁんふぁ氏

 >>7 第7話 ws

 >>8-9 第8話 透水氏

 >>10 エピローグ 透水氏
メンテ

Page: 1 |

Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.1 )
日時: 2010/04/08 23:24:50
名前: 一条 空 







カランカランラカン!!


商店街に鳴り響くハンドベルの音


ぽかーんと口を開きながら、ただ目の前のそれを凝視する


視線の先、黄金に光るグリーンピース大の玉


それが何を意味するのかを、ベニヤ板に貼られた商品欄を見て、
夢ではないかもう一度だけ玉を見る


日を受けて光り輝く、黄金の玉


略して金―――



(それ以上は青少年の教育に悪影響がでるのでNGです)


(―――目の前の光景が夢じゃないって、一発で分かった)


(イヤに落ち着いてますね。

 
 一生に一度手に入るか入らないかの幸運を手に入れたと言うのに)


(あーいや、逆に実感が湧かなくてな)



商店街の実行委員のおっちゃんが我が事のように喜びながら、黄金の玉が指し示す景品、
旅行券を手渡してくれるのを見ながらハルと念話を交わす


後ろに並んでいる人たちだけではなく、辺りを通る人達もが揃って拍手を送ってくる


そのことは物凄く嬉しいのだけれど、今の心中では一つの大きな懸案事項があった



(あー仕事休めるかなー)










                         次元世界旅行記


                       第一話 うまい話には裏がある







「欝だ、死のう」


『誰か私を殺して!!』



何が仕事休めるかな?だ


特賞を受け取って実感がないとか言いながら、どこかで喜んでいた一週間前の自分を殴り倒したい



「こんなことなら……有給とらなきゃ良かった」


『後悔って……後に悔やむから後悔なんですよ……』


「欝だ……」



やあ読者のみんな!


風と翔ける者の主人公とその相棒のコンビだよ


え?知らない?


それならよく知らない人のために自己紹介だ!



俺の名前は三十日優人(ミトオカユウト)


今年で20歳になる時空管理局勤務の公務員


紆余曲折を経て、それなりの力量、それなりの地位に落ち着いて、今日も仕事に忙殺される……はずだった



首にかかるは相棒のデバイス、シュトルムハルトのハルだ


既存のデバイスの枠に当てはまらない新しいデバイスで、色々と人間味あふれる頼れる相棒だ



『現実逃避するのもそろそろやめましょうか』


「……ははは」



辺りを見渡し……再三現実逃避したい衝動に駆られる



「嘘みたいだろ……何も無いんだぜ……これ」


『辺り一面草っ原ですからねぇ』



夏の北海道のように広大な草っ原


俺がいるのはちょうどそのど真ん中……だと思う



「ハル、今更ながら叫んでもいいか?」


『まぁ、精神安定を図るためにも必要でしょう。


 お気の済むまで叫んでくださいな』


「なら遠慮なく……すぅ―――



     騙されたーーーーーーーーッ!!!」



草っ原に木霊することなく、そよ風にかき消されて行く叫び声



「…………クーリング・オフ効くかな?」


『そも、する相手がいないんじゃ意味ないですよ』



ハルの圧縮空間に収めておいたソレを取り出す


銀の鎖で出来た輪っかに、目を閉じて両手をあわせている聖女の形をした白い石がついている、
某魔界戦記で出てくるインペリアルまんまなソレ


空港で飛行機待ちをしている時に、旅行会社の人からお守りとして渡されたものだ



「これ、不運でも呼び寄せてるんじゃないのか?」


『魔法術式は感知できませんよ?

 
 呪術的なものだったら、感知できなくて当たり前ですけど』


「怖いこと言うなよな……」



ハルの言うとおり……本当に呪いでもかけられてるのかもしれない


あのゲームじゃ、高貴な悪魔が持つシンボルだったし……



『マスター、それなんですか?』


「それ?」


『その石飾りの底ですよ。


 なにかボタンのようなものがついてますけど』


「ぼ、ボタン?」



ひっくり返して見てみると、確かに三角形のボタンがついていた


……なんで気づかなかったんだろう



「自爆装置……じゃないよな?」


『押したら光るんじゃないですか?』


「目が?」


『目が』



色々見てみるが、底のボタン以外変わったところはない



「押して……みるか」


『万が一に備えてバリアジャケットを展開しておきますね』



蒼い光が走ったかと思うと、次の瞬間には服装が変わっていた


白と青、なのはのようなカラーコーディネートに、服装のコンセプトは聖騎士


同級生とか見たら、痛いコスプレとかって言っちゃうんだろうな……



「では……ぽちっとな」



ピィーーーーーーーーッ



「!?」



いきなり心電図の間延びした音が流れ、驚いてインペリアルを投げ捨ててしまう


マジで爆発するのかよ!?



「ぷ、プロテクション!」


『Protection』



目を瞑り、来る衝撃に備える


……が、何も来ない



『あのー……この扱いはあんまりじゃないんでしょうか?』


『……なにか言ってますよ?』


「ぇ?」



恐る恐る目を開けると……インペリアルが光っていた


慎重に持ち上げてみると……インペリアルの頭の部分から、光が出ているのが分かった



と、そこにいきなり小さな女の子が現れた


茶色い髪をツインテールにした、リインやアギトくらいの大きさの可愛らしい少女だ


ツアーガイドによく見る制服を着込んでいるが……一体何者?



『いえね、慣れてるんですけどね。


 けれど危険物扱いはあんまりじゃありませんか?』


「え、えーっと」


「マスター、落ち着きましょう」



いつの間にか人間形態になったハルが隣に立っていた


そのことで少し落ち着きを取り戻しつつ……目の前のホログラム少女に目を向ける



『えーっと……この度は当社のツアーをご利用いただき、誠にありがとうございます。


 ……チラッ……このツアーは並行世界にランダムワープするというもので、
 管理局の科学力でも再現することができない、世界にただ一つだけのツアーになっております。


 ……チラッ……今回の行き先はヘルダイムという世界でございまして―――』


「ちょ、ちょっと待った」


『はい?』


「ちらちらカンニングペーパー読んでるのはいいし、棒読みだって構わない。


 けどなんて言った?」


「私の聞き間違いでなければ『並行世界』と言いましたね」


「…………またか」


「……ええ」


『はい?』


「や、こっちの話」



随分と前にも並行世界に飛ぶ体験をした


あれは色々とひどかった……


後で調べて分かったことだが、飛んだ世界の殆どがアニメかラノベ、ゲームの世界だった


結局20近い世界を梯子してなんとか帰ってきたが、半年以上も行方不明になっていて大騒ぎになったもんだ


……いや、今はその話はいい


二度ネタだけどいい



「なぁ、ひとつ聞いていいか?」


『はい、なんでしょう?』



可愛らしく小首をかしげつつ……どこからか取り出したるはマニュアルガイド


……まぁいいけど



「ツアーって言うんだから帰れるよな?」


『はい、それはもちろん』


「どうやって帰るんだ?」


『今回のツアーは3泊4日ですので、4日後に自動で帰れますよ』



その言葉を聞いて、ほっとした


前みたいにトラブルで別の世界に飛ぶとか嫌だからな



「自動?それは一体どういう原理ですか?」


『タイマーですよ。


 もしランダムワープした先が危険だった場合は、緊急装置ですぐにでも帰れますけどね』


「そうですか……いえ、それにしては並行世界に渡る技術が現存してるなんて……」


『当社が極秘に開発したんです!


 政府には特許も取ってますよ。


 安全性もばっちしです!』



えへんと胸を張るホログラム少女



「帰れる手段がちゃんとあるなら問題は無いか……


 それで……ええと、君は?」


『あっ、申し遅れました!


 わたしは、今回のツアーのガイドを担当します、ガイドナビのルイです!


 短い間ですがよろしくお願いします!』



ぺこりと頭を下げるルイちゃん



「これはどうも。


 俺は三十日優人、こっちはデバイスのハルね」


「よろしくお願いします、ルイさん」


『こちらこそよろしくお願いします!』



もう一度頭を下げるルイちゃんを見て、このツアーが楽しくなりそうな気がした









近くに大きな街があるということで、空を飛んで向かう


流石に徒歩では距離が遠いので、とのことだ


ちなみに、この世界にも魔法はあるが、空を飛ぶ人間は居ないとのことで認識阻害を使った



時速にして60キロくらいだろうか、その速度で10分ほど飛ぶと、大きな街が見えてきた



「おお、ファンタジーゲームでよく見る首都だな」


『そうですね、イメージ的にはそれが近いですね』



高い塀で囲まれた中には、大きな街が広がっていた


そして街の真ん中、丁度小高い丘の上に立てたのだろう、周りよりも高い位置にお城が建っていた


お城の向こう側、国を挟んだ反対側には海が広がっている



「港もあるのか」


『はい。漁業も盛んで、ここから内陸の様々な国に流通が広がってますから、
 この大陸の重要な流通ルートですね』



門がある数キロ手前で降り、街道沿いに歩みを進めて行く


街が近いということもあり、8メートルほどの幅がある街道には人が多かった


商人装束の人が多いのは、彼らが商人だからなのだろう


馬に荷台を引かせている人もいるので、ますますファンタジーゲームだなと思った



「……心なしか、ちらちらとこっちを見ている気がするんだが」


「マスターのバリアジャケットが珍しいからじゃないですか?」



そういえばバリアジャケットを着たままだった


流石に人目があるので此処で着替えることはできないが……




『そうですね。

 
 この世界、いえ、国にも騎士団は存在しますが、ユウトさんのそれほど綺羅びやかではないので、
 他国の騎士団が伝令とかに来た、って感じなんでしょう。


 それに、私の姿は彼らには見えませんが、ハルさんの服装がここらへんでは裕福な層に入るものなので……』


「他国のお嬢様が、信頼のおける騎士と共に遊びに来たってところか?」


『いえ、逃げてきたの方が説得力があるでしょう』


「に、逃げてきた……」



ずーんと落ち込むハル



『街に入ったら服を買いましょう。

 その世界の情緒にあわせて服装を変えるのも、中々に楽しいものですよ』











「へぇ……これは……」


「綺麗ですね……」



心配していた門番は、俺らを見るとぎょっとしたふうに目を開いたが、
次の瞬間にはようこそ、と満面の笑みで迎え入れてくれた


逃げてきたにしては身なりが綺麗だから、というのが理由だとルイが言っていた



門を抜けた先には……白い世界が広がっていた


白いレンガで舗装された道と、白いレンガで建てられた家々


至る所に花や樹があり、白と緑の色合いが心を癒す……そんな気がした



『ここ、ヘルダイムで一番の大陸、ミッドガルドで一番栄えている都、アルカディアは、
 水産資源と農業資源で成り立っています。


 来るときに見えた、あの大きなお城はアルカディアの王が住んでいるところなんですよ』


「王様がいるのか……平和そうなところを見ると、暴政を引いてる王様って訳じゃないんだな」


『国民からも支持される、素晴らしい王様なんですよ』



道行く人々を見ても、表情が生き生きしている


笑顔と活気があふれるいい街だ


来て間もないのにそんなことが感じられるほど、素晴らしい国だと思った



『それでは着替えましょう。


 あっちに安くて品のいい洋服店がありますよ』


「換金とかどうすればいいんだ?

 
 管理世界の旅行かと思ってたから、現金は持ってないんだけど」


『ご心配なく。


 うちの会社の系列でやってるお店なので、カードが使えますし、
 そこから現金を換金できますから』


「なるほどね」


『それでは行きましょう』










「ど、どうですか……マスター」


「うぉ……」



衣装替えを終えて現れたハルの姿に、開いた口が塞がらなかった


それほどまでに見違えていたからだ



「う……やっぱり変なんですよ!


 着替えますっ!」


「ま、待った!


 変じゃない変じゃない!


 っていうかすごく綺麗で……その、言葉が見つからなかった」


「ほ、ホントですか……?」


「ああ、うん、ホント」



恥ずかしげに頬を染めるハル


普段は纏めず流しているロングをポニーに纏めているのもあるが……


いや、服装だけでこんなにも違うものなのか


民族衣装で特に派手さもなく、お洒落意識が高い女性からは決して喜ばれない地味さだが、
逆に着飾らないのが素材を良さを引き出しているように感じる


良くも悪くも町娘……しかし、宝石のような原石を隠している


浮かんだ感想はそれだった



『……なにをラブコメしてるんでしょうね』


「っ!い、いたならなにか言えっての!」


『はいはい、照れ隠し照れ隠し。


 ……さて、それではわたしもこの世界に合わせたガイド方法にチェンジしましょうかね』



言うが早いか、宙に浮かんだルイはそのまま宙返りし……



「はい!ルイちゃんピクシーモードです!」


「うおっ、実態になった!」



しかも背中には妖精のような透き通る透明な羽が2対……


服装もそれらしくなって、まさに妖精にみえる



「この世界には亜人やエルフ、わたしのような姿をした妖精も存在しますからね。

 
 人前に出てくるのは珍しいですが、決して無いことではないのです」


「この世界に合わせたガイド方法、ね。なるほど」


「ちなみに、どういう原理で実体化してるかは企業秘密ですよ♪」


「まぁユニゾンデバイスとかいるし……とくに不思議には思わないけどな」


「ま、マスターは着替えないのですか?」


「ああ、俺はこのままがいいでしょ。


 バリアジャケットだし、なんだか高位の騎士に見えるみたいだし」


「それなら、丸腰も問題では?」


「そうだな……ハル、ラグネルと鞘を」


「はい、マスター」



両刃黄金刃の大剣、ラグネルを取り出し、しかしその大きさから腰に帯刀できないので背負う



「ほぇ〜こうしてみると、本当に高位の騎士に見えますね〜」



騎士甲冑にしては鎧が少なく、シグナムの騎士甲冑に近い形態だが、
それでもしっかりとした騎士に見えるのは……風格とかそんなのもあるのだろう


俺自身はよく分からないが、ハルが自慢げに胸をはっているし、恐らくそうなのだろう



「お金もいくらか換金したし、本格的にツアーと行こうか」


「はい、マスター」


「それでは出発でーす」






「ほらっこっちも似あうんじゃないかしら!」


「なんで持ってくるのが全部女の子向けなの!?」


「えぇ〜っ、だって裕里ちゃんだしー」


「いつもはくん付けなのに此処だけちゃん!?」


「ほらほら〜」


「誰かたすけてぇぇぇぇぇ」





……俺は何も見なかった








「―――というわけで、とりあえずは平和になったのです」


「なるほど、いつの世も革命で変わるってことか」


「個人的には駆け落ちしたお姫様が気になります。


 お抱えの騎士様とお逃げになったと言う事ですが……幸せに暮らしているのでしょうか?」


「幸せに暮らしているはずですよ、きっと」



ルイによるアルカディアの歴史講座を終え、街の一番賑やかな場所へ来ていた



「それでは本日のお昼ごはんです!」



連れてこられたのは噴水を目にすることができる広場


カフェテラスのような体裁を取っているお店で、アルカディアならではの特産料理を食べるのだという



「…………平和だな」


「そうですね、マスター」



さっき洋服店で女装させられていた男の子が、完全に女の子になってお姉さんらしき人に連れていかれたが平和だ



「そういえば、並行世界って事はこの次元世界にも時空管理局があるのか?」


「存在してますよ。


 大まかな差異は……そうですね、私たちの世界では『あなた』が解決したとされるJS事件、
 あれは別の人が解決してますよ」


「ということは、この世界に私たちは存在しないと、そういうことですか?」


「詳しくは調べてみないと分かりませんが、少なくともこの世界でユウトさんの名前は無名ですね」


「まぁ、並行世界だし気にしても仕方ないか。


 ということは、此処は管理外世界ってことか」


「位置づけ的には第203管理外世界、現地名称「ヘルダイム」ですね。


 ミッドチルダ式や近代ベルカ式でもない、独特の魔法文化が浸透している世界です」


「へぇ、それは面白そうだな」


「亜人やエルフ、妖精などもそうですが、ドラゴンやモンスターだって存在する、
 管理外世界としては珍しい世界なんですよ」


「モンスターがいるということは、討伐を主とするギルドも存在するのですか?」


「はい。ミッドガルド中央都市に大きなギルドがあるのです。


 もちろん個人運営しているギルドもありますが、世界中の殆どのギルドがこの下に集まっていますよ」



世界一つ超えると、いろんなことが違うと改めて思わされる


運ばれてきた料理を食べながら、まだまだこれから楽しくなると期待するのだった










おまけ1



「そういえば、このインペリアルの底のボタンは一体なんだったんだ?」


「本来は転移先で自動でわたしがご挨拶させてもらうのですが、
 ユウトさんがデバイスの圧縮空間に収めてしまったので、マニュアルモードでの起動になりました。


 それはそのスイッチですね」


「……もしあのスイッチに気付かなかったら、とんでもないことになってたんじゃないでしょうか」


「そーですね。


 このあたり近郊に出てくるモンスターはおとなしいのが多いと言えども、
 中には凶暴な種もいて人を襲うようなことも少なくないようですから」


「ハル、スイッチに気付いてくれてホントにありがとう」







おまけ2


「そろそろ日も暮れてきたな」


「ルイさん、本日の宿はどこですか?」


「ご用意する必要がありますか?」


「え?それってどういう事だ」


「このツアーは基本的に、並行世界を旅し、その世界を楽しむことにあるので、
 お客様自身の意思でご行動してもらいます。


 ですから、宿は用意していません」


「あー、つまり、ガイドはしてくれるが、基本的に自由行動ってことなのか」


「でしたら宿を探さねばいけませんね。


 ルイさん、この時間でも泊まれそうな宿はありますか?」


「ありますけど、時間が時間なので殆ど満室じゃないでしょうか」


「ってことは……最悪野宿?」


「すいませんマスター、野宿の用意はしていないので……野ざらしです」


「タイトルが指してるのはこのことだったのかーっ!!」


「ほらほら、叫んでるヒマがあったら宿を探しましょう」


「そうですね、この際お金にいとめはつけません」


「あーっ!ちくしょーっ!ついてねーっ!!」




結局、宿がとれたのは30分ほど街を走り回った後だった










続く
















あとがき



習作リレー「次元世界旅行記」第一話をお届けしました。


作者の蒼空の騎士こと一条 空です。



本作品は名の通り、次元世界を旅行するというものです。


ただし、細部に色々な矛盾が生じるため、うちの作品のコンビのみ、
並行世界から訪れるという形で参加させてもらっています。


wsさん、ふぁんふぁさん、透水さんのキャラクター達とは、並行世界越しの住人としての立ち位置です。


いえね、そうしないと八神家の設定がかぶるんですよ。


そこのところの設定矛盾をどうにかするため、ユウトくんには並行世界から飛んできた、
という設定でお送りしております。


どうかそこのところをご了承くださいませ。





それでは始まりましたリレー小説、続いてはふぁんふぁさんへバトンタッチです。


なにげに伏線を張っておいたの、わかりますよね?



メンテ
Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.2 )
日時: 2010/04/11 02:44:35
名前: ふぁんふぁ 





「だからー野郎共の視線を露骨に集められるから気分爽快になれるんだってばー」

「そんな気分爽快、嫌ですからぁ!」


    ここはとある町の一角に佇む洋服店。町の喧騒の中にあってそれほどまで騒がしくも無い店内で叫び声が響く。

    そこには必死の叫び虚しく試着室に引きずられていく可憐な少女……ではなく少年の姿があった。

    少年の名前は空咲裕里。性別は男。しかし服装は何故かメイド服で説得力の欠片も無い。

    そんな裕里の手を満面の笑みを浮かべ引っ張る女性の名は天城美月。自称保護者で裕里の祖母だ。

    その美月によって裕里は哀れにも着せ替え人形と化しているというのが現状であった。孫の扱いが酷すぎである。

    さらに手には大量の服が抱えられており未だ終わる気配は見えなかった。


「次は、これとこれとこれとこれと……あーもう、面倒! 全部着せるつもりだからそこのところよろしくぅ!」


    ハイテンションな美月が嬉しそうに服を差し出してくる。どれもこれもマニアックな物ばかり。

    服と認識していいのか分からない物まである始末。だが、そも美月を前にして逃げることなど不可能。

    ……諦めると言う答えしか用意されていなかった。


「もう……好きにして」

「……今、自分で言ったこと忘れないでね」

「う゛!」


    しかし、どうしてこのようなことになったのか。

    事の発端は数時間前に遡る。





                                   次元世界旅行記


                             第二話 始まりはいつも通りであった








「裕里くん、ロールプレイングゲームって好き?」

「え?……まあ、嫌いじゃないですけど」


    この日、呼びだされ美月の家にやってきていた裕里は唐突にそんな質問をされた。

    毎回、こうして呼び出される場合あまり良い出来事が起こらない為、多少警戒しながらも頷いておく。

    すると美月はそう、と呟くと腕を組んで難しい顔のまま思案しはじめる。

    今までもこう言った風景は何度か目にしたことがあった。

    真剣な顔に何かあるのかと待っていると答えは馬鹿らしいものばかり。

    そして最終的には自分が面倒ごとに巻き込まれるのだ。

    正直に言えば今日も来たくは無かったのだが来ないとそれはそれで酷い目にあう。

    正解の無い選択肢を選ばされているようなものなのだ。

    しかし、幾ら警戒していようとも毎回その行動に意味をなすことは殆ど無いことが悲しかった。

    と、しばらく考え込んでいた美月はふと顔を上げると裕里の顔をまじまじと見つめてこう言い放った。


「じゃあ、冒険しましょう」

「……は?」


    一瞬、何を言われたのか理解出来なかった裕里は大口を開けたまま固まる。

    理解し終わるのに数秒。恐る恐る口を開いた。


「な、何故?」

「暇」


    やっぱりか、と裕里は頭を抱えた。

    この迷惑な思いつきによって不運な目にあってきたこと数知れず。

    今回もまた巻き込まれるのかと思うと胃が痛くなってくる。


「すいません。僕……明日も学校あるので帰りますからぁ!」

「あ、ちょっと」


    とりあえず拒否して即座に立ち上がると玄関に走る。

    無駄だと分かっていても諦めることは出来なかった。尊厳と誇りにかけて全身全霊を込めて逃げる。

    駆ける、玄関まで駆ける。十メートルも離れていなかったが本気で走る。

    リビングを横切り、廊下を抜け、ようやく目の前に玄関が現れた。

    譲れない思いを胸に裕里が自由に向かって手を掛けた瞬間――全身に電流が走った。

    無常にも電撃をまともに受けてそのまま床に倒れこむ。

    自分に何が起きたのか分かっていないのか裕里は唖然とした表情だ。

    何とか立ち上がろうとするが裕里は体は痺れて動けない。声すら出せなかった。

    と、自分に影がさしたことに気がついてどうにか頭を動かし上を見上げる。

    そこには邪悪な笑みを浮かべた美月の姿があった。


「……やっぱり詰めが甘いよ、だだ甘だよ裕里くん。これはもう自業自得だね」


    どうやら扉に逃走防止用の罠が仕掛けてあったようだ。

    ……つまりそれは最初から『逃げる』『行かない』という選択肢が用意されていなかったという事である。

    やられた。

    美月の言葉でようやく理解して声を出そうとするがそれすらままならない。

    段々と意識も途切れてきていた。視界が霞み、目蓋も落ちてくる。


「さて、とりあえず運びましょうかねー……レギンレイブ」

≪sir≫


    懐からデバイスを取り出すと直ぐに起動させ美月は嬉々とした様子で何かの用意を始めた。

    手には大きな旅行鞄。やはり行くことが前提の計画であったようだ。


「そもそも、私から逃れようなんて考えること自体が全ての間違いなんだよ……くっくっく」

「……」


    容赦ない美月の一言にに裕里は絶望しながらも完全に意識が途切れた。





    …





「ビリビリ怖い、まんじゅう怖い……むぐ?」


    夢にうなされ次に裕里は目を覚ますとそこは部屋と呼ぶに狭くカーテンのみで仕切られた個室であった。

    目の前には大きな鏡があり、壁にはハンガー。見たところどうやら何処かの試着室のようだ。


「そうだ……僕、美月さんに拉致されて。……でも、何で試着室?」


    はっとなった。

    美月が眠っている自分を試着室に連れてくる。

    この状況で思いつくことは唯一つ。

    一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせてから自分の体を見た。

    絶句。

    どう見てもそれは――全裸に鎧だった。


「なん……だと」

「全裸に鎧……どう?」

「どう? じゃなーい! これじゃあ変態じゃないですかっ!」


    いつの間にか試着室に居た美月に向かって裕里は大声を上げた。

    気配すら感じなかったことなど今更なので一々、問い詰めたりはしない。

    それよりもこの服装の方が問題だった。既に女装でもなんでもない。

    裸に鎧なんて一部マニアに大うけしそうな格好で外を歩るく勇気など裕里にはもちろんなかった。

    まかり間違って外に出ようものなら不審者の烙印を押されるどころか貞操の危機。主に同姓からの。

    それだけは絶対に避けなくてはならない。


「えー変態じゃないよう。似合ってるよう。可愛いよう」

「……これで外歩けと?」

「うん」

「真顔で言うなー!」


    しかし、回避出来るのか心配が募るのであった。

    ――そうして振出へと戻る。


「私、最近、姫騎士コスプレが好きなの」

「そうですか……」


    洋服店からようやく出てきた裕里と後ろには美月。

    どうにか裸に鎧とメイド服だけは回避できたが女装は免れずミニスカートに軽装の鎧と哀れな姿となっていた。

    一方、美月はローブを羽織っている魔法使いのような出で立ちである。

    途中で何処からか哀れみの視線を受けたような気がしたのが唯一の救いであったのかもしれない。

    疲労でため息を吐いてから気がつく。腰をよく見れば軽そうな剣が携えてあった。

    いつの間に、と思いながら興味が沸いたようで裕里は刃にそっと触れてみた。……指に血が滲んだではないか。


「ってぇ! 銃刀法違反!?」


    刃物が切れることが分かり慌てて鞘から引き抜き確かめると、やはり本物。

    改めて刀身を眺めてみればその銀色の光沢は、より一層鋭さを醸し出しており少々顔が青ざめた。


「別に珍しくもなんともないでしょ? 貴方のお家、剣術やってるから日本刀とかあるし。持ったこともあるよね?」

「あ、ありますけど……でも、こんな公衆の面前で」

「大丈夫だよ。皆、持ってるじゃない」

「へ?」


    辺りを見渡してみる。

    すると周りには馬車が行きかい、ドレスやら鎧やらを身に纏った人間が闊歩する言わばファンタジー。

    それに美月の言うとおり本物としか言いようがない剣やら斧やら槍やらを担いだ人間が普通にいる始末。

    地球からは既に失われたであろう……
    いや、そもそも存在したことすらないような風景に裕里は意識が遠のく気がした。


「あの」

「何かな裕里くん」

「ここ、地球ですか?」


    分かっていながらもとりあえず質問する。そうでもしないと泣きそうだったから。

    そして案の定、美月はニヤリと怪しく笑った。


「んふふ、違いますよー。ここは、第203管理外世界のヘルダイム。現在位置はミッドガルドって大きな都市ね」

「ま、またまたーご冗談をー」

「冗談言わないの、私」

「ですよねー……まあ、今更ですから諦めてますけど」


    とりあえず色々、諦めることに決める。

    そうでもしなければ胃に穴が開きそうだった。


「さて、と。じゃあ、当初の目的を果たすとしようか」

「そう言えば、冒険がしたいとかなんとか……」

「その通り! やっぱり冒険と言えばファンタジーよね! 心躍るよ!」

「……最近、ゲームばっかりしてましたね?」

「うん」

「はぁ……」


    なんとも影響されやすい美月に呆れながらも裕里は気持ちを切り替えることに。

    もう、ここまで来たら乗っておいたほうが潔いと言う物である。

    それに誰しもファンタジーには夢見る物なのだ。

    もちろん裕里も例外ではない。正直、気持ちを切り替えてみればわくわくの方が強くなって来ていた。


「なら、どうするんです?」

「んー……ドラゴン退治?」

「ドラゴン!? い、いきなりハードル高過ぎじゃないですか?」

「だってミッドガルドのパンフレットに『誰でも簡単竜退治、今すぐ君も勇者王!』って書いてあるんだもん」

「観光案内、適当すぎるよっ!?」


    誰が作ったのか知らないが、観光に来た人間が死んだらどうするつもりなのだろうか。

    美月はその考えを読み取ったのか笑みを浮かべると裕里の頭に手を置いた。


「大丈夫よーこの町ってギルドあるし。討伐とかしてくれるらしいから、この町も人も安全なんじゃない?」

「なるほど……その前にこの世界、モンスターの類が居るんですね」

「うん、居るよ。だってファンタジー全開だもん。エルフとか亜人とかも住んでるらしいよー」


    エルフと聞いて裕里は本当に自分が異世界に来たのだと実感する。

    まあ、現在住んでいるところも裕里にとっては異世界なのだが。

    それほど世界に変化がないため新鮮味があった。


「よーし。じゃあ、冒険の前にはやっぱりご飯ね」

「……確かにお腹すきました」

「ここは港があるからお魚とか有名みたいね。パンフにも書いてあるよー」

「あ、そうだ。お金はどうしたんですか?」


    そう言えば、と裕里は思い出す。

    異世界ということは資金が無いはずだ。

    課金所などあるはずもないだろう。だが、美月は先ほどの洋服店でお金を払っていた。

    と、美月は懐から皮袋を取り出し口を開いて裕里の目の前に差し出す。

    するとそこには大量の金貨が入っていた。


「金の延べ棒を質屋で売ったらこのくらいになったわ」

「み、美月さん金の延べ棒持ち歩いてるんですか!?」

「何があるか分からないし。金だったら何処でも売れるでしょ?」

「……ま、まあ良いですけど」


    とりあえず深く考えないようにして美月と共に適当な店に入る。

    こ洒落た感じの綺麗な店で店員に案内されて二人がけの席につく。

    ここまで来たら王道の酒場などに行ってみたかったが、そこは未成年なので我慢しておいた。


「(ファンタジーといえば酒場だよね……未成年は牛乳みたいな? くふふ)」

「裕里くんどうかした? 大丈夫?」

「え、あ、はい」

「じゃあ、これメニューね」


    少し我を忘れていたようだ。

    返事をすると美月がメニューを差し出してくる。

    それを受け取り目を通す。裕里は一瞬動きが止める。しばらくして美月の方を向く。


「……読めませんよ?」


    そう、文字が全く読めなかったのだ。

    日本語でもなければ英語とも違う。

    そもそも英語すら読めない為、裕里にとっては日本語ではない時点で意味はなかった。


「うん、私も。適当に頼んじゃいましょう」


    どうやら美月の同じようだ。

    しかし、言葉は通じることは分かっていたのでウェイターを呼んで適当に注文をする。


「ん?」


    そしてオーダーを待っている間、暇だった為ふと周辺を見渡した時。

    向かいの席に二人組みが座っていることに気がつく。

    飲食店なのだから誰が座っていようと当り前なのだが妙に気になって視線を向けた。

    すると丁度、その中の一人の少女と目が合った。思わず見返してしまう。

    と、その少女の目が妖しく光ったのを裕里は見逃さなかった。即座に目を逸らす。

    何か背筋が凍るような物を感じた。

    例えるなら、


「んー? 何?」

「いえ……何も」


    目の前に座っている人が容赦ないときに感じる寒気と同じような。

    ……頭を振って雑念をかき消す。

    見ず知らずの人を疑うのは良くない。偶々そう見えたんだろう。そう言うことにしておく。無理やりにでも。

    もう、今はお腹いっぱいになるくらい巻き込まれているのでこれ以上はご免だったからだ。

    丁度、タイミングよく運ばれてきた料理に集中することにして見なかったことにしておくことにした。





    …




「はーい、じゃあ冒険の旅に出発ー!」

「おー」

「もっと気合入れる!」

「……おぉぉぉ!」


    腹ごしらえも済ませ、早速門を抜けて街道に出る。

    見渡せば、草原に長い石畳が一本通っている風景が広がっており本当にゲームの中のようであった。

    本当に冒険の旅が始まるかと思うと裕里も内心テンションが上がって仕方なかった。


「さてー、ドラゴンが居るのはあの山よー!」

「山?」


    目的地の方に向け指差す美月。

    だが、山なんて何処にもありはしない。

    裕里は何のことかと辺りを見渡すと、少し離れた場所に小さな丘があった。


「ま、まさか……あそこ?」

「うん」


    震えながら聞いてみるとまさかの即答。

    楽しみにしていた割りに大したことがなく拍子抜けしてしまった。

    それにしても、もう少しどうにか出来たんじゃないかと思う。

    正直、土を無理やり盛ったくらいにしか見えなかった。


「簡単すぎるでしょ! しかも、アレ!? 標高十メートルくらいですよ!?」

「でも、野生が居るらしいよ。今まで倒せなくて運ばれてきた人が数百人いるんだって」

「嘘っ!? って言うかやっぱり怪我人出てるじゃないですか!」

「死人は出てないから大丈夫。怪我も軽傷で初心者にはもってこいなんだって」

「ネットゲームですかっ!」


    このあまりの微妙さに裕里は段々と先行きが不安になってきていた。





    続く。










あとがき


はい、習作リレーの第二話、終了いたしました。

私は作者のふぁんふぁと申します。以後、お見知りおきを。


さて、やはりリレーとは大変だということを改めて思いしらされた今回。

拙い文章で、読者の方々にも他の作者様方にもご迷惑をおかけすると思いますがどうぞよろしくお願いいたします。


それでは、次はwsさんにバトンを渡したいと思います。
メンテ
Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.3 )
日時: 2010/04/14 03:39:47
名前: ws 

       次元世界旅行記

   第三話 停学くらったので旅行にいこう!






「まったく! これで何回目だ!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るのはヴェルトスハーフェン魔法学院の学長であった。
 彼の目の前には栗色の髪を長く伸ばした少女がいた。
 彼女は怒られているにも関わらず、不敵な笑みを浮かべて学長に告げる。

「お前は今までに食ったパンの数を覚えているのか?」
「パンは知らないが、君が入学してから破壊した訓練場は今日で24個目だ!」
「さすが私。
 ライバル面しているどっかの馬鹿お嬢様とは格が違った!」

 何故か彼女は高笑いし始めた。
 対する学長は思わず机に突っ伏した。
 勢いが良かったのか、快音が部屋に響き渡る。

「……君も、フラウ・クライストも、魔導師としては並ぶものがないくらいなのに、どうしてこう性格に多大な問題を抱えているのだ……」
「何を言うか。どっかのバカはともかく、私は夜天の王にして全次元の王なのだから、まったくもって問題がない!」

 意味がわからん、と学長は小さく呟いた。
 もう彼女を理解することを放棄している学長だった。
 
 そんな彼に彼女はやれやれ、と溜息を吐き、腰に手を当てて彼に告げる。

「この間の全ミッドチルダ対抗学生魔法大会で私のおかげで、団体も個人戦も優勝できたんだからいいじゃないのよ。
 少しくらい大目にみなさいな」
「……それはそれ、これはこれだ。というよりも、アレは相手が可哀想だったな……」

 彼は1ヶ月前に行われた大会を思い出す。
 夜天の王である彼女は、相手の攻撃をものともせずに大規模な攻撃魔法を連発して、トラウマをこれでもかと刻み付けて勝利を収めていた。
 その為に、彼女が所属する学院もまた名を上げ、学長も株を上げたのは確かであった。

 胃薬を取り出しつつ、学長は搾り出すような声で彼女に告げた。

「ともかく……しばらく停学だ。ゆっくり休養したまえ……くれぐれも、問題を起こさないように!」
「はーい。
 じゃあ、暇だから管理局をボコしておきますね」
「やったら怒る。本気で怒る。拳骨で50回くらい殴る」
「それは勘弁」

 そそくさと彼女は学長室から出て行った。
 後にはすっかり老け込んだ学長が残される。

「……私も、しばらく休もうかな」

 彼の呟きは虚空に消えていった。











「というわけでヒトラー君。私はしばらく休みになったから」

 教室に戻った彼女は仲がいい画家志望の少年にそう告げた。
 彼は呆気に取られることなく、苦笑した。

「やっぱりあそこまで盛大に破壊したのは拙かったみたいですね」

 いい絵が描けたんですけど、と続ける彼。
 元々、魔導師になんてなる気がなかった彼が、美術学校に行かずに私立の魔法学校にいるのは親の希望であった。
 そんな彼と何となく親しくなった彼女は色々あって、彼に自分の絵を描かせている。
 自分の戦う姿を描いてもらう為に、訓練場で暴れまわって壊した……というのが、24回目の理由だ。

「ともあれ、ヒトラー君。アドルフ・ヒトラー君」

 彼女は尊大な口調で彼に話しかける。

「はい、陛下」

 対する彼も慣れたもの。
 臣下の如く、片膝をつき、彼女を仰ぎ見る。

「余はさっさと帰るぞなもし。適当にノートとっておくことを所望するぞな」
「はい、陛下。おみやげよろしくでございまする」

 彼女のノリについていけるのは学院の中でもそう多くはない。
 彼はその貴重な1人であった。










「で、何で君はここに?」

 時空管理局執務官クロノ・ハラオウンはコメカミを抑えつつ、彼女に問いかけた。
 管理局地上訓練場……早い話が、ミッドチルダに設けられた陸海合同の訓練施設に彼女は寄り道していた。

「暇だったので、つい」

 てへ、と可愛らしく舌を出してみる彼女にクロノはコメカミを揉み解す。

「つい、で武装隊の訓練場に乱入して、片っ端からなぎ倒すヤツがいるか?」
「ここにいる」
「ああ、そうだった。君の常識は異次元だったな」

 やれやれ、と彼は溜息を吐いてみせる。
 対する彼女も溜息を吐いてみせる。

「最近、だらしねぇんじゃないの? 管理局、何か弱くなってる?」
「……それなら君が入って鍛えればいいんじゃないか?」
「そうやって私を管理局に入れようとする……きたないなさすが管理局汚い」

 もういい、とクロノはそっぽを向いた。
 マトモに話すと疲れることを彼は経験から知っていた。

「ともかく、ここにいても邪魔……というか、君がいると面倒くさいからどっか行ってくれ」

 しっしっ、と犬を追い払うような仕草をするクロノ。
 彼女はちょっとカチンときたので、デバイスを彼に向けようとする。
 対する彼はすかさず懐からあるものを取り出した。
 
 彼女が固まった。

「そ、それは……幻のエロビデオ……魔法学院の淫らな夜……! 私ですら手に入らなかったブツなのに……」

 驚愕の表情の彼女に対し、クロノは冷静に告げた。

「違法コピーで摘発したものだ。コレをやるから、大人しく局から出て行ってくれ」

 クロノのやっていることは一応、問題行動だが、それで彼女を大人しくできるのなら、安いものだった。

 こくこく、と何度も頷き、彼女はクロノからブツを受け取ると、そそくさと訓練場を出て行った。
 後に残ったクロノは死屍累々の武装隊員達を見つつ、治療班へ連絡を入れた。
 









「というわけで暇なので旅行しましょう」

 家に帰って、ビデオを見た後、彼女は宣言した。

「……私しかいないのだが」

 金色の長い髪を持ち、女神の如く美しく整った顔。
 街を歩けば誰もが止まって振り返る、そんな美貌を持つ彼女の名は玉藻。
 金毛白面九尾の狐……ではなく、狐の使い魔だ。
 もっとも、9本の尻尾があったりするのだが、伝承に出てくる玉藻ではない。

「知ってる。皆あちこちに出かけているからね。だから、偶には主人と使い魔水入らずで旅行に行こうかと」

 玉藻の頭にある狐耳と9本の尻尾がピンと立った。
 紅い瞳があっちこっちを彷徨いつつ、彼女は口を開く。

「い、いいのか? ほ、本当に?」

 興奮を隠し切れない口調だ。
 そんな玉藻に、主は手をひらひらさせて答える。

「いいのいいの。玉藻の尻尾で包まれて寝たいのー」

 玉藻は緩む頬を無理矢理抑えつつ、ここにはいない他の面々に対して心の中で告げる。
今回は出番なしだ。出てくるな、と。

 はやてとかゾフィーとか夜天の書の面々とかが怒っているような気がしたが、玉藻は気にしないことにした。

「行き先は決めてるの」
「どこに?」
「ヘルダイムっていうファンタジーな世界。さぁ、サッキュバスとかエルフとかを捕まえる作業に行くぞ!」

 玉藻は目の前の主に、拳骨をお見舞いした。


















「奇跡だ。これ以上ないくらいに奇跡だ」

 玉藻は晴れ渡ったヘルダイムの空を仰ぎ見て、思わず呟いた。
 彼女と主がヘルダイムに渡って、早2日。
 彼女の主は全くと言っていいほど、問題を起こしていなかった。
 究極のトラブルメーカー、性欲が服を着て歩いているなどなどの、不名誉な渾名がついている彼女の主が、2日も大人しくしているなんて極めて珍しいことであった。




「ふー、堪能したー」

 感動している玉藻の元に、ほくほく顔でやってきた彼女の主。
 そんな主のお肌はつやつやとしている。

「お帰り……今日は何人と?」

 玉藻が彼女に気づき、尋ねた。
 主が玉藻の傍を離れて、まだ2時間しか経っていない。

「んー、今日は4人だったわぁ」

 うふふふ、と気味悪く笑う彼女。
 玉藻は軽く溜息を吐いた。

「当初の予定と微妙にズレているのではないかと私は思う」

 そう告げる玉藻に対して、主は首を傾げる。

「ファンタジー世界で娼婦を買い漁ろうって話じゃなかったっけ?」
「違う。かなり違う」
「マジで!?」
「なぜ、そこで驚くんだ」

 玉藻は溜息を吐きつつ、主の頭に手を乗せて優しく撫でる。

「ここに来てから、ホテル……というか、宿屋か? そこに部屋を取ってから、私だけ単独行動で、お前はずーっと娼館に行ってばかり……」

 玉藻の不満げな視線に主は視線を逸らす。
 勿論、撫でられたまま。

「折角、2人きりになれると思ったのに……」

 玉藻が不満を小さな主にぶつけようとしたそのときだった。

「おーい、アイリス。今日はどこに行こうか?」

 見知らぬ派手な装いの男が声を掛けてきた。
 玉藻が舌打ちし、主は男を横目で見つつ、狼狽している使い魔を見つめる。

「ふーん、へぇ、そう……そうよね、男をダマしてナンボの女狐さんだものねぇ。
 アイリスとか、いい源氏名ですこと」
「い、言っておくが、向こうから来たんだからな!」

 主は使い魔をジト目で見つつ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「あら彼にナンパされたの。チラ見するだけで声を掛けてこない男達よりは勇気があるわ……」

 そう言いつつ、彼女は周囲にいる野次馬達へと視線を巡らせる。
 まるで見世物のように、いつのまにか人だかりができていた。
 そのほとんどが男であった。

「えーと……アイリスの子供?」

 男の困惑した問いに、玉藻はブンブンと首を勢い良く左右に振る。

「で、面倒だから、アレで処置しちゃうわよ。映画見て、スカ君が作ったアレで」
「わかった。
 言っておくが、私はベッドインどころか、手を繋いですらいないからな!」
「はいはい」

 言い合いながら、2人が懐から取り出したのはボールペンとサングラス。
 ボールペンを2回押し、サングラスを被った2人はもう1度ボールペンを押した。

 瞬間、光が溢れた。







「うーん、中々いいわ。こういうのを下町の味というのかしら……」

 ところ変わって、2人は近くにあった酒場兼飲食店にて、魚料理に舌鼓を打っていた。
 見たことも無い白身魚のソテーを口へ運びつつ、ほくほく顔の主従。
 どうやら玉藻の男とか主の娼婦漁りとかはすっかりなかったことになっているようだ。
 もっとも玉藻の方はともかく、主の女好きは今に始まったことではないが。

「しかし、持っててよかったな。アレ」

 焼き魚の身と骨の部分を切り分けつつ、玉藻が言葉を紡ぐ。

「アレだけで記憶を消去できるんだから、便利な世の中だわぁ」

 うんうんと頷く主に玉藻もまた頷き、同意する。
 そのときだった。

「あらいい子」

 そんな主の声に、玉藻がちらりと視線を動かしてみれば、可愛らしい女の子が鎧を着て座っていた。
 その近くに座っている女性は彼女の保護者だろうか。

「……言っておくが、ナンパはさせない」

 ジト目で告げる玉藻に、主はやれやれ、と溜息を吐いた。

「女騎士って見ると胸が熱くなるよね。股も熱くなるけど」
「ああそう」

 投げやりに玉藻が答える。
 彼女としては自分を見てくれない主に文句の一つどころか、二つ三つ言いたい気分であった。

「なぜ、私では満足できないのか?」

 そう目の前の主に問いかけつつ、玉藻は自身の大きな胸を両手で持ち上げてみせる。
 2人の席の近くで昼食を摂っていた生真面目そうな若い騎士が鼻血を噴出して後ろに倒れた。
 彼の同僚と思われる男達が慌てて、彼を抱き起こし、介抱しているのが見えた。

「新鮮味がないから。要はマンネリ」

 おもむろに主は玉藻の胸を両手で揉んだ。
 艶かしい声に、介抱していた男達も倒れた。

「む、いつの間にかさっきの少女騎士が消えている……」

 玉藻の胸を揉みつつ、彼女の主は重大なことに気がついた。
 これはいけない、とおもむろに揉むのをやめて立ち上がった。
 玉藻は白かった頬を紅く染め、息を荒くし、潤んだ瞳で主を見つめる。

 どたどたと連続して倒れる音が聞こえた。
 そんな音を気にせず、主は言葉を紡ぐ。

「いくぞ、玉藻。あの騎士を探さねば」
「……そんなのどうでもいい」

 ぎゅ、と主の手を両手で握る玉藻。
 その潤んだ紅い瞳に見つめられると、新鮮味がないとかそういうのは次元の彼方に飛んでいってしまった。
 勿論、理性と一緒に。






「いい女がいるって噂は本当だったな!」

 酒場を出て、路地裏で結界を張って玉藻をすっきりさせた後、大通りを歩いていた2人。
 そんな2人は目の前から歩いてきたいかにも柄の悪そうな男達に囲まれていた。
 身なりは薄汚れたシャツにズボン、中には腰に剣を吊っている者もいる。

「何か用か?」

 玉藻の憮然とした問いかけに、彼らは何がおかしいのかげらげらと笑う。
 周りの通行人達は視線を合わせないように下を向き、足を速めて通り過ぎていく。

「そんなガキは放っておいて、俺達とやろーぜ?」

 好色な笑みと視線に晒され、玉藻は思わず身震いする。

「……どうしてだろう? うちの主もいつも同じようなこと言っているのに、こういう感覚にはならない」

 不思議だ、と思いつつ、手を繋いでいるその主に視線を向けてみる。
 玉藻は目の前にいる男達の冥福を心の底から祈った。
 それと同時に嬉しくなった。

 彼女の主は、男の発言に怒っていたのだから。


「私の女に手を出すなんて……万死に値するわ……」

 ぼそりと呟き、ゆっくりと彼女は胸元にぶら下げているミニチュアサイズの剣を握った。
 玉藻はまさかのデバイス発動に目を丸くしつつ、これは本気でヤバいと悟る。

 ベルカの残党の海鳴市襲撃から早2年、この2年間彼女の主は魔法の勉強と実践に非常に力を入れていることは玉藻のみならず、知っていることだ。
 偶々、入学した学校でライバルができたということも関係しているが、ともあれ、今、彼女の技量は2年前とは比べ物にならない程、高い。

 その気になれば、デバイスを使わずに魔法をぶっ放すこともできるようになった彼女が、デバイスを使う……それは彼女が全力で戦闘を行うことを意味していた。


「ん? 何だ、騎士の真似事か?」

 笑う彼ら。
 そんな彼らの言葉を、彼女は否定した。

「私は王よ。私が、怒っていることを察することもできないのかしら……疾く、喉を掻き切って死ね。
 そうすれば、まだ楽に死ねる」

 目の前の敵を鋭く睨む。
 小さな子供なので、今一迫力に欠けるのはご愛嬌。

「ま、待った。落ち着け、いいか、落ち着け……」

 どーどー、と玉藻は宥める。
 あまり我慢強くはないのが彼女の主だ。
 爆発すると、辺り一面更地と化すことになることは間違いない。
 そんな惨劇を防ぐべく、玉藻は必死に消火活動を行うが、それを無視して彼らの中の1人が言った。

「ガキは家に帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな」

 ブチッと何かが切れる音が玉藻には聞こえた気がした。
 彼女はもうどうにでもなれ、と諦めた。
 そのときだった。


「うーん、喧嘩はよくないわよぅ」

 大柄な男が男達と2人の間に割って入った。
 男達は怪訝そうに、そして、2人は……というよりも、主の方は思いっきり睨みつける。

「何だよ、お前?」
「ただの通りすがりよぅ、男達が女子供にそういうのはよくないと思ってね」
「邪魔すんなよ」

 近くにいた男が立ちふさがる大男を軽く手で押した。
 しかし、ビクともしない。

「んー、アタシが止めないと、ここら一帯が確実に消し飛ぶのよねぇ……
 まだ、全然見てないからそれは困る……」

 ちらり、と今にもデバイスを起動させそうな少女の方を見る。
 少女の目は「さっさと退け」と彼に告げていた。
 仕方ない、と彼は決断した。

「そんなにやりたいなら、アタシが相手するわよー? うふふふ」
「いいからさっさと退けっつってんだろ! この!」

 男がポケットからナイフを取り出し、大柄な男に向けて突き出した。
 そのナイフを軽々と避け、彼は男を投げ飛ばす。
 流れるような動作で行われたそれに、男達は呆気に取られたが、仲間をやられ、思い思いに大柄の男目掛けて踊りかかった。

 しかし、あっという間に大男が男達を伸してしまった。



「……フン」

 不機嫌な小さな主に対し、玉藻は彼女を後ろから抱きしめることで宥める。

「ごめんなさいね、見せ場を取っちゃって」

 大男が頭を下げてきたが、主の機嫌は直らない。
 憂さ晴らしに、ラグナロクでもぶっ放そうかと本気で彼女は思い始めていた。

 その態度に、彼は内心苦笑しつつ、押して駄目なら引いてみろ、という言葉を実践してみた。

「高名な魔導師に違いない、あなたのお名前をぜひとも聞かせて欲しいのだけど……?」

 彼女はそっぽを向き、呟くように言った。

「八神玲。夜天の王。全次元で一番強い。全次元で一番カッコいい」

 カッコいいという部分を、玉藻は聞かなかったことにした。
 対する彼は微笑んだ。

「それは凄い。
 だけど、ああいうチンピラ相手にあなたのような人が、力を使うのもおかしいでしょう?」
「弱い奴を嬲るのは好きだ。強い奴と戦うのもまあまあ好きだ」

 そんな返事がきた。
 うーん、何か訳アリみたいねぇ、と彼は思いつつ、言葉を紡ぐ。

「アタシ、まだ来たばかりで観光してないから、穏便に済ませちゃったの。
 本当にごめんなさい」
「いや、こちらとしても暴走を抑えることができてよかった」

 再び頭を下げる彼に、玉藻が答える。
 あのまま暴走していたら、最低でもこの国は消し飛んでいたことだろう。
 いや、もしかしたら意外と男達だけの被害で済むかもしれないが、そこは主の……玲の気分次第だからわからない。

「ほら、玲も機嫌を直して」
「……あとでもふもふだからね」

 はいはい、と言いつつ、玉藻は玲の頭を撫でる。
 ただでさえ目立つ玉藻は少しでも目立たぬように、尻尾と耳を隠していたりする。
 なお、狐形態は玲と手を繋げないから没になっている。

「いい主従関係ね」

 大男の言葉に玲はぶっきらぼうに答える。

「それほどでもない。それじゃ、私は尻尾をもふる系の仕事があるので」
「この辺で失礼する。ありがとう」

 玉藻が最後に頭を下げ、2人はその場を後にした。




「明日はどこへ?」

 しばらく歩いた後、玉藻が玲に声を掛ける。

「未定……適当に観光でもしましょうか」

 玉藻はその提案に異論なし、と頷いたのだった。





メンテ
Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.4 )
日時: 2010/04/18 12:52:26
名前: 透水 

 新暦75年の時点において、結城真樹菜はとある大企業の社長、CEOとしての立場に就いている。
 だが無論、当初から彼女が組織内でのトップと言うべきその位置に居た訳では無い。当然と言えば当然の如く、彼女も人の下で働いていた時期があり――組織の一部として動いていた時期がある。具体的に言うならば、彼女が十五歳から十七歳までの約三年間。少女が少女として最も多感である筈の年代を、結城真樹菜は仕事に明け暮れて過ごしていた。
 しかし、その時期をして、真樹菜が組織人であったと評するのは尚早だ。当時の彼女は企業の中の一部門を任されていたのだが、そこには彼女の上司も彼女の部下も居なかった。更に言うなら同僚も居らず、そもそも彼女の存在、彼女の統括する部門の存在を知る者すら殆ど居なかったのだ。
 或いはそれは隔離であって。
 或いはそれは排斥と言えた。
 真っ当な企業なら個人に仕事が集中する構造を厭うものだが、生憎彼女が属していたのは真っ当な企業では無く、そして当の真樹菜ですらも、およそ真っ当と言える様な人間では無かった。……いや、そもそも彼女を、『人間』という分類に入れて良いものか。
 だからこその隔離で、だからこその排斥。
 彼女は優秀だったかもしれないが、有能だったかもしれないが、その優秀と有能は、およそ他人を汚染する事を不可避的に内包したものだったから。

 結果。掛け値無しに、そこには彼女しか居なかった。

 ただし。それは決して、企業側が彼女を冷遇していた事を意味しない――寧ろ逆だ。
 真樹菜は元々、その企業に就職するつもりなど毛頭無かった。入社試験を受けた訳でも無く、求人募集など見た事も無く、新人研修って何ですかというレベルの、企業とはまるで無関係な一般人。
 そんな一般人の彼女が入社したのは、隠す必要も無いのであっさりばらしてしまうと、企業側からのスカウトである。真樹菜はそれに躊躇無く即答したのだが、その際に彼女の側から出した条件こそ、上司や部下や同僚を伴わない――組織の一部でありながら完全なスタンドアローンで動ける身分の保証であった。つまり彼女の置かれた環境は、隔離や排斥といった側面を踏まえた上で尚、企業側からの最大限の譲歩であったと言える。
 そして事実、彼女は彼女一人の部門で活動していた三年間、企業に多大なる貢献を果たした。三年後、十八歳になると同時に彼女は企業のトップに立つ事となるのだが、それまでの三年間で積み重ねた業績を見せつけられれば、誰であろうと彼女の社長就任に反対は出来なかった。
 ともあれ、その辺に関しては、今回は完全に蛇足である。今回語るべきは、彼女が十六歳の春――たった一人で孤独に、しかし自由に好き放題に、ゴミを焼却炉に放り込むかの様な気楽さで仕事と課題をこなしていた頃の話。
 ある意味で、結城真樹菜が全盛期であった頃のお話だ。



「――あら?」


 
 その日、真樹菜はいつもの様に、彼女の他には誰も居ないオフィスで仕事をこなしていた。
 時計の針はそろそろ十二時を指そうとしている。急ぎの仕事は無い、今日はゆっくりと昼休みを取るとしよう――実際、上司も部下も居ない彼女だ、何時間休みを取っても仕事さえ片付けば文句を言われる事は無いのだが――さて何を食べようかな、と脳髄の一角でそんな事をつらつら考え始めたその時に、不意に懐の携帯電話が鳴った。
 確認してみれば、新着メールが一件。
 発信者の名前は――『私』。
 名前でも無い、渾名でも無い、まして記号でも無い――『私』からの、メールだった。

「………………」

 無言でメールの本文を確認する。傍目には感情の窺えない無表情で、真樹菜はメールを読み終えて――読み終えたその文章を再度読み直して、そして漸く、ふうと一つため息をついた。
 そのまま彼女の指は携帯電話のボタンをプッシュ。十一桁の番号を入力し終えると、最後に通話ボタンを押して、電話を耳に当てる。呼出音が数秒。しかしこの手の呼出音はどうにも没個性で困る、もう少し面白おかしい音に出来れば良いのに。そんなどうでもいい思考が意識の表層に浮かんだのも束の間、程無く通話は繋がり、『はいはーい、アタシよー。呼ばれて飛び出てベートーベン!』と、野太い地声を無理矢理裏返したかの様な、酷く耳障りの悪い声(しかも妙にテンションが高い)が聞こえてきた。

「お久しぶりです、伽爛さん。真樹菜です」
『あら? 真樹菜ちゃん? まあまあまあまあ、久しぶりじゃない、元気してた? 最近ご無沙汰だったから、元気してるかと心配だったのよう』
「あは、それは失礼しました。ちょっとお仕事が忙しかったもので――それより、伽爛さん。明日から暇ですか?」
『明日? いきなりねえ。や、真樹菜ちゃんの誘いなら、いつだって空けるケド。何かあるの? 面白い事だと嬉しいわあ』
「面白いかどうかは、さあ、今はまだ何とも。とりあえず、旅行に行きませんかというお誘いです」
『旅行?』
「ええ――」



「――三泊四日で、並行世界に」







 次元世界旅行記
 第四話/悪党だって旅行に行きます
 







 臥駿河伽爛は魔導師である。――というと、これは案外、誰にでもすんなり受け入れられる。
 魔導師と言っても千差万別、一見どう見ても普通の女の子が特筆すべき実力を有した魔導師である事も(ざらでは無いにしろ)往々にしてあるので、『魔導師の実力と外見は相関関係に無い』が定説なのだ。騎士や魔導騎士は高潔である事が求められる風潮はこの際さておいて、伽爛が魔導師である事に驚く者が少ないのは事実である。
 が。伽爛が“元”時空管理局本局戦技教導隊所属の魔導師“だった”というと、これは大概、九割八分くらいの確率で驚かれる。
 身長二メートル十七センチ、体重百四十二キロ。ボディビルダーの様に鍛え上げられた筋肉でその身を鎧い、その魔導師ランクは嘘か誠かSSS。かつては時空管理局に属する数多の魔導師の中でも、最強と謳われる一人であったらしい……のだが、べたべたと塗りたくられた化粧、ぷんぷんと臭ってくる香水、水商売の女性を彷彿とさせる露出の多いドレスで装飾されたその姿を見れば、それを信じろという方がある意味無体な要求なのかもしれない。
 まして戦技教導隊。管理局の魔導師にしてみれば、それはエリートと言い換えても良い。教導隊所属の教導官と言えば、比類無き実力と共に他者を教え導く人格を併せ持つという事で、畏怖と共に憧れの対象ですらあるのだ。
 それが――その『憧れの対象』が、アニメか漫画に出て来る様なステレオタイプにも程がある『オカマ』そのまんまな格好をしていると言うのだから、これはもう悪い冗談としか思えない。まあ、先にも述べた通り、それは“元”であって現在の話では無いのだけれど。
 『魔導師の実力と外見は相関関係に無い』、先に述べたこの原則、決して間違いでは無い。当然、それは臥駿河伽爛に対しても適用され、寧ろ彼こそこの原則の体現者と呼ぶべき存在であるのだが……はいその通りです、と素直にそれを認められるかどうかは、別の話なのだろう。

「……まあ、これを見れば大抵の人は納得するんでしょうけど」
「ん? 何か言った、真樹菜ちゃん?」

 いえ何も、という真樹菜の言葉に、ああそう、と頷いて、伽爛は再び足下に視線を落とした。
 伽爛の足下、ついでに言うならそれは真樹菜の足下でもあるのだが、そこには巨大な魔法陣。臥駿河伽爛特有の赤黒色の魔力光によって編まれたそれは、傍目にも判るほど法外の魔力を沸々と滾らせ、今しも炸裂せんと解き放たれる時を待っている。
 説明の要無く、それが儀式魔法に分類される大規模魔法である事は瞭然だった。
 緻密な術式構成、その中を流動する莫大な魔力、それらを破綻無く両立させる制御能力。
 外見はさておき、こうして実力の一端を見せ付けられれば、彼が元教導官であるという事実を信じる者も少しは数を増やすだろう。
 
「よし、っと。これで準備は良し――で、真樹菜ちゃん。座標はどこ?」
「はい、これを――ここ、この座標に。ヘルダイムって世界なんですが」
「はいはい、りょうかーい……って、あら。これ、“こっち側”じゃないわね。“第七階層”の……あーそうか、並行世界って言ってたもんねえ。こりゃうっかりだわ」
「ええ。“こちら側”のヘルダイムなら、私一人でも行けるんですが。並行世界間の転移となると、伽爛さんにお願いするしかなくて」
「うふふ。嬉しい事言ってくれるわねえ。――ほんじゃま、さくっと行っちゃいましょか!」

 そうして伽爛はデバイスを起動させ――何処ででも使われている様な、安価な量産型のデバイスだ――それを高々と掲げたかと思うとくるりと回転、先端をぐさりと魔法陣の中心に突き立てた。
 ごぅん、と重たい音が響き、魔法陣が明滅する。赤黒色の魔力光と合わせれば、その様はどこか脈動する心臓を思わせた。
 
「開け、扉――世界を繋ぎ、次元を繋ぎ、時空を繋げぃっ!」

 轟と吼えるは獣に非ず――世界の理をただ己の存在のみで捻じ曲げる、臥駿河伽爛の大蛮声。
 腹腔に響く胴間声は、否応無しに場に居る者を昂ぶらせる。結城真樹菜も例外で無く。
 その声に、言葉に反応して、魔法陣の明滅が加速する。残る過程はただ一つ。魔法を起動させるトリガーワード、魔導師それぞれに固有の呪文を謳い上げる事で、儀式魔法は発動する――!

「ぴっちんぱっちんつんつるりん♪ おしりもおちちもつんつるりん♪」

 毎度の事だけれど。
 その呪文はどうかと思う。





◆     ◆





「言ってしまえば、『世界』ってのは透明なフィルムの上に描かれた絵みたいなものだと思うんですよ」
「フィルム?」
「ええ。それを横に並べたのが、『次元世界』の概念。……例えば、その中の一枚に水をぶちまけると、隣のフィルムまで濡れるでしょう? 次元震やら何やら、余所の世界のとばっちりを食って滅んだ世界というのは、つまりこれと似た様な事と置き換えられるのではないかと」
「ふうん……成程、ね。『横からの干渉』を受ける関係が『次元世界』ってワケ?」
「明察な理解で助かります。――これに対して、『並行世界』というのは、概念としてはフィルムを縦に重ねた感じに近いと考える訳です。一見して同じ様な絵、ですがこれを上から重ねて見てみると、微妙な差異が見て取れる。まあ逆説、それは“俯瞰しないと”或いは“比較しないと”判らないものではあるんですが」
「ん……あ、そっか。『透明なフィルム』って限定したのはそういう事ね。重ねて見る事が前提――なワケだ」
「ええ。これなら、『横からの干渉』を受けません。重ねると言ってもぺったり付着させる必要は無い訳ですし。さっきの水ぶちまける喩えを使い回しますけど、二ミリも隙間があれば濡れませんし、その程度なら上から見る分には大差無いでしょう?」
「けれど、その二ミリの隙間は、どうあっても埋められない」
「ええ。次元震だろうと次元断層だろうと――です。フィルム上に描かれた世界に生きる者には、自身の世界の上に重なった、もしくはその世界の下に敷かれた『並行世界』は、概念を理解出来ても干渉する術を持たない……あは、これ逆かもしれませんね。干渉出来ない世界を指して『並行世界』って言うべきなのかもしれません」
「アタシ達みたいな例外を除いて?」
「そうですね――その意味で言うと、私たちは針みたいなものなんでしょう」
「針?」
「ええ。フィルムを上から下までぷすっと突き刺す、針――必然的にフィルムに穴を開ける、言い換えれば干渉する事によって不可逆の変質を齎す、そういう存在」

 ちなみにこの会話は、今回の物語とは何ら関係ないところで交わされたものだ。
 この物語が始まる数ヶ月前、ちょっとした用件で顔を合わせた際、雑談の一環として交わされた会話。その時には何の意味も持たない話で、いやどの時点であっても大して意味のある話ではない、だからこその雑談だ。
 ただ単に、並行世界の壁を突破し、目的地である第203管理外世界『ヘルダイム』へと到着するまでの僅かな間、真樹菜がふとそれを思い出したというだけの事。



「なかなかイイ世界じゃないの――バカンスには、丁度いいわね」



 そして――現在。
 白い煉瓦で舗装された道、白い煉瓦で形作られた家。とにかく白を基調とした街並みを眺め、そう声を上げる伽爛を横目に、真樹菜は携帯電話でこの世界の情報を改めて確認していた。
 第203管理外世界『ヘルダイム』。
 文明レベルBマイナス。ただしミッド式やベルカ式とも異なる魔法技術が存在・浸透しており、科学技術に関しては十四〜十五世紀の地球と大差無いが、住民の生活レベルに関しては先述の魔法技術が一般に浸透している事で多少の近代化を果たしている。
 気候は惑星全域に渡って概ね温暖であり、人間による開発が進んでいない分、手付かずの自然が至るところに残っている。また気候のせいか野生動物が大型化する傾向にあり、加えて竜種や幻獣種と呼ばれる特異能力を備えた生物が多数生息している為、人間の集落はぐるりと周囲を塀で囲った城塞都市の形態を取る事が多い。
 惑星の規模は地球のおよそ半分、大気・重力などは地球とほぼ同等。『ミッドガルド』『ヨツンヘイム』『ウトガルズ』と呼ばれる三つの大陸に大小合わせて三十七の国家が点在し、ミッドガルドに存在する十四の国家の中で最も規模が大きく、最も栄華を誇っているのが此処、『アルカディア』である。

「――とまあ、こうして改めて確認してみた訳ですが」
「言っちゃなんだけど、普通の世界よねえ……うふふ。たまにはこーゆーのも悪くないわねえ」
「そうですね。伽爛さん、泥沼の内戦している世界とか、環境汚染で滅亡の危機に瀕している世界とか、そういうところばかり行きたがりますから」

 別段皮肉るつもりも無かったのだが、しかし真樹菜のその呟きに、「あら」と伽爛は肩を竦めた。
 やがて視界が開ける。街へと這入る門と、街の中心部に位置する王城との、そのちょうど中間点。噴水が設えられ、ちょっとした広場となっているそこが、待ち合わせの場所である。
 二、三度視線を巡らせたかと思うと、真樹菜は目標を見つけたのか、迷いの無い足取りで広場の中央――大きな噴水のところへと歩み寄る。伽爛がそれに続いた。
 真樹菜の向かう先、大きな噴水には、縁に一人の少女が腰掛けている。十歳かそこら、恐らくまだ小学校は出ていないだろう。噴水の淵に腰掛け、足をぶらぶら揺らしていた少女は、真樹菜と伽爛の姿を見咎めたのか、ぱたぱたと軽く手を振って二人にアピールした。

「……あら?」

 少女の姿を視認した伽爛が、思わず声を上げる。少女の外見、その特徴を見れば、ある意味で自然なリアクションであると言えるだろう。
 腰にまで届きそうな、長く艶やかな黒髪。反して白磁の様に白い肌。そう、それらの特徴は、伽爛の前を歩く結城真樹菜のそれとまるで同一であったのだ――加えて言えば、顔立ちも二人は非常に酷似していた。姉妹もさながらに――勿論、目の前の真樹菜と、伽爛達を待っていた『真樹菜』とでは年齢が違うし、年齢差は髪の長さからも測る事が出来る(子供の『真樹菜』は腰に届くくらいだが、十六歳の真樹菜は腿を通り越して、そろそろ膝に届きそうだ)。
 すたすたと歩み寄る真樹菜は、やがて『真樹菜』の目の前で、ぴたりと足を止め――

「お待たせ、“私”」
「そう待ってないわ、“私”」

 ああ、と背後で、伽爛が納得した様にぽんと手を打った。
 考えてみれば、簡単な事なのだ――ここが『次元世界』で無く『並行世界』である以上、そこにはその世界の結城真樹菜が居る。恐らく、真樹菜(と伽爛)をこの世界に呼び出した者こそが、こちら側の世界の『真樹菜』なのだろう。
 『真樹菜』は懐から一通の封筒を取り出すと、黙って真樹菜に差し出した。真樹菜も無言でそれを受け取ると、封を切り、中身を検める。

「王城への登城許可証と、謁見日時の指定文書……“プランA”と“プランB”の詳細……はい、確かに全部ありますね。さすが“私”」
「それはもう、私の仕事ですもの。抜かりや手落ちが有る筈無いでしょう、“私”?」
「なんか頭がぐらぐらしてくる会話ねえ」

 ややこしいわ、と苦笑する伽爛に、真樹菜と『真樹菜』が揃って笑みを零す。
 実際、彼女達の会話は意味合い的に単なる自画自賛なのだが、ともあれ真樹菜は封筒を自身の懐に差し込んで、『真樹菜』に向き直った。

「それでは、後は私が。お疲れ様でした、“私”」
「ええ。ではお願いしますね、“私”」

 言い置いて『真樹菜』は噴水の縁を降り、そのまますたすたと歩き去ってしまった。
 何とは無しにその背を目で追っていた伽爛だったが、「では、伽爛さん」と真樹菜に呼ばれ、そちらを振り向く。

「私、これからちょっと用事があるもので。申し訳ありませんが、適当にこの辺りをぶらついていて下さいませんか?」
「ん? それは別にいいケド。真樹菜ちゃん、『用事』って? アタシ、ついてかなくていいワケ?」
「ええ。個人的には私としても付いてきて欲しいのですが、生憎、許可が降りたのは私だけなので――」

 そこで一度言葉を切り、真樹菜は空を指差した。
 否――指したのは、空では無い。
 街の中央。周囲を見下ろせる小高い丘の上に建てられた、天を衝く様に高く聳える、王城。

「――ちょっと、お城まで行ってきます」

 そう言って。
 結城真樹菜は、悪戯っぽく微笑んでみせた。





◆     ◆





 神聖アルカディア王国。
 第203管理外世界ヘルダイムに存在する三十七の国家の中で、恐らくは五本の指に入る規模の国である。
 この場合、『規模』という言葉は様々な意味に置き換えられる。領土の規模、軍事力の規模、経済力の規模。そして国内における、王族の影響力の規模。
 王国、という名の通り、国家形態は王制。ヘルダイムの諸国家の中では歴史のやや古い国家であり、現在は第十四代国王マルクス=オベリウスの統治の元、史上最高とも言える繁栄を謳歌している――言うまでも無く、それは国王の統治能力の高さに起因するものだ。
 アルカディアの歴史上、名君もいれば暗君も居た。繁栄していた時代もあれば、見る影も無く凋落していた時代もあった。その全てを鑑みても、現在のアルカディアは黄金時代と呼ぶ事ができ、当代の国王の統治能力に疑問を差し挟む余地は無い。
 少なくとも。
 拝謁の間に通され、国王との謁見に臨んだ結城真樹菜は、実際に相対する事で国王の評判が噂通り……否、それ以上である事を直感的に認識した。

「――拝謁の栄に浴し、恐悦至極に存じます」

 跪き、ある種の慇懃さを伴った態度で定型通りの挨拶を述べる真樹菜に、玉座に腰掛ける国王は鷹揚に頷いた。
 普段、他人など眼中に無い様な態度をしている真樹菜であるが(実際他人の事など眼中に無いのだが)、TPOくらいは弁えている――少なくとも、仕事を潤滑に回す為に、不都合の無い程度には。

「うむ。良く来た、異界からの客人よ。アルカディアは貴公を歓迎しよう」

 一般に、管理外世界……つまりは時空管理局との関連を持たない世界は、『管理外』と一括りにされてはいるものの、その内実によって二種類に大別する事が出来る。
 一つは地球の様に、魔導技術が存在していない世界。これは次元世界に進出する技術を持たないという事でもあり、そもそも管理局との接点が存在しないが故に、管理外世界として扱われている場合を意味する。
 そしてもう一つは、魔導技術を所持していながらも、次元世界に進出する意思を持たない世界。管理世界となって時空管理局の庇護下に入る事へメリットを見出さないが故であり、要は自らの意思で、管理外世界に留まっているパターンだ。
 ヘルダイムは後者に属する世界であるが、しかしそれは次元世界の概念を理解していないという意味では無く、異世界からの来訪者も割と頻繁に訪れるし、それを王城へ招く事も少なくない。
 尤も、今回の真樹菜は、招かれた訳では無く己から謁見を求めたのだけれど――

「恐縮です、陛下。……重ねて恐縮ではありますが、先日ご依頼した件、ご一考頂けましたでしょうか」
「む? おお、そうであったな。フニット山の採掘権であったか」
「はい。フニット山から採れる鉱石は、私どもの世界において新エネルギーの原料として研究が進んでおります。採掘権を頂けた暁には、その技術を無償にてアルカディア王国に提供する事をお約束致します。――どうか私どもに、採掘の権利を」

 そう、これが、結城真樹菜がこの世界へと赴いた理由――の、“一つ”。
 臥駿河伽爛にとっては単なる観光旅行であるが、真樹菜にとってはビジネスの一環なのだ。彼女はこれで一応組織に属する身、企業の利益を優先して動く。
 しかし――それが建前である事も、また否定出来ない事実であるのだが。
 今回のヘルダイム来訪において、採掘権の交渉はあくまで二の次。言ってしまえば真樹菜が王城に赴く名目でしか無く、王に謁見する為の題目でしか無いのだから、別に交渉が破綻したところで、真樹菜は痛くも痒くも無い。
 勿論、そんな内心を表に出す様な迂闊、真樹菜が晒す筈も無い。

「よかろう。フニット山の開発・採掘に関する権利を、貴公の組織に一任しよう。……ふむ。何と言ったかな、貴公の組織は――」
「『スマートブレイン』でございます、陛下」
「おう、そうであったな。追って担当の者を寄越そう、詳細はその者と詰めるが良い」
「ありがとうございます」

 礼の言葉を述べ、真樹菜は立ち上がる。それを見た王は「む」と、やや残念そうに眉を寄せた。

「もう行くのか? 折角の異界人だ、色々と語りたい事もあったのだがな」
「申し訳御座いません、陛下。採掘許可を頂けた事、一刻も早く社の方へ伝えたいもので」
「そうか。ならば引きとめはすまい――いつでも来るが良い。次は、貴公の世界の話を聞かせて貰いたいものだな」
「ええ。その時には、是非」

 深々と一礼し、真樹菜は踵を返す。謁見の間の扉が開かれ、真樹菜が通り抜けた直後、彼女の背後で音を立てて閉じられた。
 
「……あら、お待たせしちゃいました?」

 そして、更にその直後。
 謁見の間から出てきた真樹菜を待ち構えるかの様に、数名の男達が廊下を塞いでいた。
 礼装と思える服装(つまり実戦においては派手すぎて使えない)と、実用的とは言い難い華美な装飾が施された剣で武装したその姿から、恐らくは近衛兵と呼ばれる類の兵隊だろうと真樹菜は当たりを付け――それを証明するかの様に、兵隊達の後ろから一人の男が歩み出て来る。
 国王と良く似た、中年の男……ただし国王よりもやや年かさに見える。顔と名前は既に見知っている、アルカディア国王マルクス=オベリウスの兄、大公マクリヌス=オベリウス。
 この男こそ――結城真樹菜がこの世界、ヘルダイムを訪れた、最大の理由。

「結城真樹菜――だな」
「はい。そちらはマクリヌス大公殿下で間違い御座いませんか?」

 真樹菜の質問にマクリヌスは答えず、顎をしゃくる様にして『付いてこい』と促すと、踵を返し歩き始めた。
 両横を近衛兵に囲まれ、逃げる事も出来ない(そもそも逃げるつもりも皆無なのだが)真樹菜は、誘われるままその後に付いて歩き始める。
 向かった先は王城の一角、円卓が中央に置かれた、会議室と思しき大部屋。マクリヌスが先に這入り、続いて真樹菜が這入る。しかし近衛兵は部屋に足を踏み入れず、そのまま静かに扉を閉じた。
 扉が閉まると同時に、「しかし」と大公はため息混じりに呟いた。

「名にしおう魔導犯罪コーディネーター、『終焉装置(デウス=エクス)』が、この様な小娘であったとはな」
 
 魔導犯罪コーディネーター。
 『終焉装置(デウス=エクス)』。
 それが、結城真樹菜が就いている“仕事”であり、結城真樹菜を指す異名である。
 その実態は読んで字の如く。野暮とは知りつつもあえて説明するのなら、それは『魔法を使った犯罪計画を提供する者』。
 魔法という異常を含んだ非常識を使い、完全犯罪という矛盾を孕んだ非常識を達成する――そう、結城真樹菜が企業にスカウトされたのは、つまりこの実績が故。個人単位で依頼を受け、個人に出来る範疇で依頼をこなしていた彼女に、組織のバックアップを与える事でその利に与ろうとしたが為だ。
 どの並行世界においても、結城真樹菜は人道人倫を踏み躙るその行為に手を染め、何らかの異名を持って知られている……この世界での彼女が『終焉装置(デウス=エクス)』という名で知られている様に。
 ただ。

「ふふ。良く言われます――信用出来ないと仰るならば、ここでお別れでも構いませんが。前金も頂いて無い事ですし、面倒は無いでしょう?」

 ――やっぱり、“こちら側”の私と替わって正解でしたわね。
 基本、真樹菜は誰からの依頼であっても受ける事にしているが――金銭に関わらず、対価を用意出来るのならという条件付きだけれど――クライアントの前に姿を現す事は無い。
 理由は至極単純なものである。外見で侮られる事態を避ける為、それだけだ。
 いつの年代、何歳の真樹菜であっても、傍から見れば単なる小娘。依頼者は己の人生をかけて真樹菜に犯罪計画を依頼してくるのだから(何しろ、真樹菜が失敗すれば自分は犯罪者になるのだ)、必然、慎重にもなる。そこに小娘がのこのこ犯罪計画を持って現れたところで、不審と疑念を抱かれるのが落ちだ。
 実際、『小娘だから』という理由で依頼を取り消すのならまだ良い。が、そういった疑念を抱いたまま計画を実行されると、そこから綻びが生じる事が多々あるのだ――それは真樹菜自身、己の身を持って学んだ事であった。
 今回の様に真樹菜が依頼者の前に姿を現す事は、例外中の例外なのである。
 この並行世界で魔導犯罪コーディネーターを営んでいる十一歳の『真樹菜』では無く、余所の世界に生きる十六歳の真樹菜を依頼者の前に赴かせたのは、多少なりと見栄えの良い方を前に出したというだけの理由であって、それ以外の理由は無い。事実、真樹菜が携えている犯罪計画はこの世界の『真樹菜』、十一歳の少女が練り上げたものなのだから。
 ……まあ、そもそも真樹菜が依頼者と直接会う事態になったのは、この世界に電子メールの類が存在しないせいで、依頼者と連絡が取れなかったせいなのだが。
 依頼を受ける前に依頼者の事を調べるという鉄則を、十一歳の『真樹菜』はさぼってしまったらしい。

「ふん。まあ、良い。儂の目的を果たしてくれるのなら、小娘だろうが老人だろうが構わん。……それで、用意出来たのか?」
「ええ――」

 そう言って、真樹菜は懐に手を差し入れる。取り出したのは一通の封筒。
 先に街中で、この世界の『真樹菜』から預かった封筒だ。

「アルカディア第十四代国王、マルクス=オベリウスの暗殺計画。確かに、ご用意して御座います」





◆     ◆





 ところで結城真樹菜と一緒にこの世界へとやってきた臥駿河伽爛であるが、適当にぶらついててという真樹菜の言に従い、特に何をする訳でも無くアルカディアの城下街をそぞろ歩いていた。
 そもそも彼は真樹菜と違い、何らかの仕事でこの世界に来ている訳では無い。彼にしてみればこれは完全な観光旅行であるのだから、至極当然の行動と言える。
 真樹菜の言う通り、泥沼の内戦状態に陥っている世界や、滅亡の危機に瀕している世界に好んで赴く伽爛であるが、別に戦闘快楽という訳でも、殺人享楽という訳でも無い。平和なら平和でいいじゃないか、そう臆面も無く言える程度には、彼は平和主義者であった。
 ただ、それを信じてくれる人間がごく少数であるのは、否定出来ない事実で。
 肩で風を切ってのし歩くオカマの姿に、道行く者達は例外無く奇異の視線を向けてくる。それは換言するなら、人型の猛獣へと向ける視線と同種のものであった。
 一つ間違えば己を食い殺しかねない猛獣から、『私に害意はありません』と言われたところで、誰がそれを信じるだろう。 

「……うん?」

 ふと、伽爛は視線を上向ける。ひくひくと何かを嗅ぎ取るかの様に鼻を蠢かし、同時に足は何かに引っ張られるかの様に前へ前へと進み始める。
 何か、居る。
 とてもとても香ばしい――“強者の気配”。
 或いはそれは、伽爛が初めて結城真樹菜に出会った時に感じたものと同質であったのかもしれない。ただ、真樹菜のそれが裡に淀む溶岩の様な印象を与えるのに対し、今、伽爛が感じているそれは、触れるもの全てを焼き尽くす火焔の様な印象で。
 不可視の灼熱と、ど派手な轟熱……違いはただそれだけで。
 それが解放された時にどうなるのかは、考えるまでも無く。
 
「こりゃまずいわ。この街、消し飛んじゃう」

 まだ殆ど観光もしてない、それ以前に下手な事されると真樹菜の仕事に支障をきたす。利己的な理由と友情とが等価にブレンドされた動機によって、伽爛は気配の方向へと近付いていく。
 直に伽爛は、気配の源に辿り着いた。
 見るからに柄の悪そうな男達が数名、二人の女を取り囲んでいる。片方は十代から二十代に差し掛かるくらいの妙齢の女性で、もう一人はこちら側の世界の『真樹菜』と同じくらいだろうか、十歳かそこらの少女。
 男達は女性の方がお目当てらしく、少女の側には目もくれていない。……が、伽爛はすぐに悟った。この気配を放っているのは、邪険にされている少女の方なのだと。
 少女が胸元のアクセサリに手を伸ばす。男達は本当に、少女の剣呑さに気付いていないのか。だとすれば驚嘆すべき愚鈍さと言える。
 仕方ない、と伽爛はその場に割り込んだ。

「うーん。喧嘩は良くないわよぅ? 人類皆兄弟、仲良くしなくちゃ」

 あぁ? と、怪訝そうな顔ながらも邪魔者への凄みを利かせて、男達が振り返る――その視線に倍増しで剣呑な視線が、少女の側から向かってくるのはどうした事だろうか。
 これは駄目だ。下手に宥めたところで、この少女は既にリミットを越えている。伽爛がそれを悟るまで、そう時間はかからない。
 大規模な山火事においては消火作業よりも周囲の木々を伐採して延焼の拡大を防ぐ処方が一般的だが、この時に伽爛が取った処方も、それと大差無いものであった。

「そんなにヤりたいのなら、アタシがお相手するわよぅ? うふふふふ」

 それが、引鉄だった。
 激昂した男達が刃物を抜き、伽爛に向かって飛び掛ってくる。――ど素人だ。ナイフにしろ短剣にしろ、どいつもこいつも『人の殺し方』がまるで解っていない。どこか幻滅した気分で伽爛はそれをかわし、

「いやん、暴力反対」

 べしっ、と男達の一人に平手打ちを食らわせた。
 平手打ちを、一発だけ、食らわせた。
 ――にも、関わらず。
 
 一回転。
 二回転。
 三回転。
 四回転目で男のつま先が地に触れ、
 五回転目を待たずして、男の頭が地面に激突する。

 嗚呼、それを何と表現するべきか――強いて何かに準えるなら、新体操のバトンに近かっただろう。
 縦回転では無い。横回転だ。人間という“棒”が、くるくると回転して、地に叩きつけられた。それがただ一発の張り手によるものと信じられるのは、その光景を直に目撃した者だけだろう。……いや、直に目撃していても尚、それを現実の光景と認識出来るかどうか。
 響き渡った『ごしゃり』という音は、果たして石畳の砕ける音か、はたまた男の頭が砕ける音か。
 耳朶を打つ怪音に一瞬で青褪め、今更に彼我の実力差を認識したのか、逃げ腰となった男達であったが――残念な事に、伽爛の動きは彼等の逃走に先んじた。
 瞬きにも満たない刹那に歩み寄った伽爛が、その丸太の様な腕を伸ばして男達を絡め取る。いや、抱き締める、と言うべきか。傍から見れば、それはさながら子供達を抱き締める母親の様な姿であり。
 勿論、抱き締められているのは、そこそこ体格の良い成人男性、それも三人だ。どう見てもそれは先の比喩ほどに安穏としたものでは無く、そもそもそれが“攻撃行動”である以上、前提の時点からその比喩は致命的に間違っていたと言える。
 そして、次の瞬間。

「『オカマ四十八手』――『懐中大圧殺』」

 めきめきめきめき――ぼきっ。
 怖気を催す奇怪な音は、伽爛の腕に抱き締められた男達が奏でる断末魔。
 軟体動物の様な有様となった男達が、最早直立も出来ないのか、ずるりと崩れ落ちて伽爛の懐から滑り出る。
 
「――ごめんなさいね、見せ場を取っちゃって」

 完全に白目を剥いて気絶した男達を路地裏に放り捨て(ごみを散らかしてはいけません)、少女のところまで戻って来た伽爛が、一応の社交辞令として頭を下げる――無論、少女の機嫌は直らない。見た目に反して、なかなか難しい娘らしい。
 推測が多分に混じるので客観的とは言い難いが、恐らく、この少女と自分の実力は概ね拮抗している。いや、年齢差から来る戦闘経験を加味すれば、僅かに自分の方が上だろうか。そう見立てる伽爛であったが、無論、だからと戦闘に入るほど短慮では無い。戦闘に入るとなれば伽爛自身も相当の被害を覚悟しなければならないだろうし、周辺被害に気を使う事など不可能だろう。それでは本末転倒だ、何のために介入したのか解らない。
 という訳で、『北風と太陽』でも無いだろうが、おだてて機嫌を直してもらおうと試みる。
 名前を聞き出し――『一番強い』とか『一番カッコいい』とか、一昔前のジャンプアニメに付く様なキャッチフレーズを自分で(自分で!)口にしていたのが凄かった――あんな雑魚に手を出すのもつまんないわよ、と宥めてみる。
 が。それに対する少女の反応はと言えば、

「弱い奴を嬲るのは好きだ。強い奴と戦うのもまあまあ好きだ」

 ――なんとまあ、反社会的な思想の娘さんねえ。
 少女の言に内心呆れる伽爛だったが、しかし考えてみれば、己と一緒にこの世界にやってきた友人も充分に反社会的な思想持ちで、しかもこっちは実際に行動に移している。その意味で言えば、危険性の度合いは同等としても、少女の方はまだ被害は少ない。……あくまで、“まだ”であるが。
 いい加減機嫌を取るのも面倒臭くなってきた、転移魔法でどっかに飛ばしちゃおうかしら――見た目よりも平和主義者な伽爛であるが、別に気の長い性質という訳でも無い――物騒な思考が意識の端に差し込み始めた頃、少女の連れ、先程男達に声をかけられていた女性もまた、少女を宥めに入った。
 風船から空気が抜けていく様に、少女が怒気の嵩を萎ませていくのが見て取れる。

「――いい主従関係ね」

 正直、伽爛にしてみれば少しばかり揶揄の入った言葉であったのだが(少女と女性が本当に『主従関係』である事など、伽爛には知る由も無いし推し量る術も無い)当の彼女達はそれを否定しなかった。

「それほどでもない。それじゃ、私は尻尾をもふる系の仕事があるので」
「この辺で失礼する。ありがとう」

 そう言って、少女達は伽爛から離れていった。
 一人残された伽爛だったが、さてアタシも観光の続き、と踵を返した。
 真樹菜との合流までには、まだ少し時間があった。





◆     ◆





「てゆーかさ。今回の依頼人って、王様の兄貴なんでしょ? 兄貴が『弟を殺すための計画』を依頼してきたワケ?」

 そして、翌日。
 仕事の方は昨日の時点で一段落、旅行日程の二日目と三日目は純粋に観光としてこの世界を回れるという事で、アルカディア領内の観光スポットを色々と回っていた真樹菜と伽爛だったが、その中でふと、思い出した様に伽爛が訊いてきた。

「ええ。まあ、良くある話ですよ――どこにでもある、お家騒動の一種です。マクリヌス大公殿下は王位を望んでいて、その為には現国王のマルクス陛下が邪魔だと。私に依頼してくる理由としては、けだし平凡ですね」

 ちなみに今二人が居るのは、城下街から程近い場所にある温泉。ファンタジーな世界観にいまいちそぐわない、日本でいう露天風呂に酷似した温泉だ。
 アルカディア近辺の文化ではあまり入浴を有り難がる習慣が無い為に、観光スポットと言うにはいまいち訴求力に欠けるのか、或いは混浴という入浴形式が好まれないのか、この日の利用者は真樹菜と伽爛の二人だけ。
 当然の如く当然ながら真樹菜と伽爛は性別が違う訳で、入浴中だから二人とも湯編み着一枚だけという姿なのだが、互いにそれを恥らう様子は皆無である。
 陳腐な言い方をするのなら、友情に性別は関係無いのだ。

「はあん――成程ね。確かにベタな話よねえ」
 
 ぷかぷかと湯船に浮かびながら、気の無い風に伽爛が呟く。
 筋肉の塊みたいな身体の癖に良く水に浮くなあと思いながら、「ええ」と真樹菜もまた気の無い風に応えた。
 と。それを受けて、伽爛がにひひと嫌らしく笑う。何か含むところのある、気分の悪い笑い方だった。

「ベタな話だけどさぁ。真樹菜ちゃん、なーんにも思わないのかしら?」
「……何が言いたいんですの、伽爛さん?」
「べっつにぃ? 可愛い可愛い弟を殺してその地位を乗っ取ろうとする計画に、ブラコンの真樹菜ちゃんが何も思わないのかなーって」
「………………」

 結城真樹菜には弟が居る。五歳ほど齢の離れた、つい先日十一歳になったばかりの弟が。
 ブラコンと呼ばれるのは心底心外だが、結城真樹菜が弟を大切に思っている事は、否定出来ない事実だ。
 魔法の事も真樹菜の“仕事”も何も知らない、正真正銘の一般人である弟。その弟を、真樹菜は何よりも大事に思っている――少なくとも、この時点、十六歳当時の真樹菜は。
 『弟を殺す』。この事実に、何か思うところは無いのか。伽爛の疑問は厭らしい問い方をしているというだけで、別段突飛なものでは無かった。

「別に、どうとも。――余所様の兄弟関係に口挟むほど、私は野暮ではありませんので」
「ふうん。ま、そりゃそうよね。ヨソはヨソ、ウチはウチ――か」

 真樹菜の答えをどう取ったのか、にやにやと笑う伽爛に、真樹菜はそれ以上何も言わなかった。それでもさして険悪な雰囲気にならないのは、真樹菜と伽爛にとって、こういった遣り取りが日常茶飯事であるからだろう。

「――で、その計画。決行はいつになるの?」
「そうですね……予定としては、明後日。アルカディアの建国記念式典が行われるんですが、そこで決行の予定です」
「あらま。そりゃまた随分と派手ねえ。大勢の前で殺っちゃうワケ?」
「ええ。式典では国王陛下含め、王族は全員舞台上に出ますからね。そこに運悪く『事故』が起こり、国王陛下他、王族の大半がお亡くなりに。“奇跡的に”軽傷で済んだマクリヌス大公殿下が王位に就いてめでたしめでたし――という寸法です」

 現在の国王マルクス=オベリウスには子供が居ないので、王位継承権は国王の兄であるマクリヌスが第一位。彼が王位に就く事はそう有り得ない展開では無いが、だからこそ国王の身に何かあった時、真っ先に疑われるのはマクリヌスだ。
 故に真樹菜は、衆人環視の中で標的を殺すという策を組み上げた。マルクスが死に、マクリヌスが生き残ったのはどう見てもただの偶然だと、そう認識して貰わなければならない。勿論マクリヌスが軽傷で済むのは先にそういう仕込みをしてある為だが、それが見破られない限り、式典に集った人々はそのままマクリヌスの陰謀を否定する証人となるのだ。
 
「とは言っても。正直、あの大公殿下じゃ、そう遠くない内にアルカディアは落ちぶれるでしょうけど」

 正直、国民からのマクリヌスの評判は芳しくない――いや、そのまま素直に『嫌われている』と言った方が良いだろう。そもそも次男であるマルクスが王位に就いたのは、マルクスに人望があったからと言うより、マクリヌスに人望が無かったからと言った方が近いのだ。そんな彼が国王の座に就いたところで、現在の繁栄を維持出来るかどうかは甚だ怪しいと言わざるを得ない。
 まあ、真樹菜にとってはどうでもいい事だ。この国が繁栄しようが滅亡しようが、それこそ知った事では無い。
 それこそ、先に伽爛が言った言葉では無いが、他人は他人で自分は自分、それだけの事である。

「しかし、人来ないわねえ――ここ、そんな人気無い観光スポットなの?」

 唐突に、伽爛は話題を変えた。まあ伽爛の脈絡の無さは今に始まった事でも無い、真樹菜も大して気にもせず、新しい話題へと乗る。
 混浴露天風呂とは言え、更衣室までが一緒である筈も無く、男女別となっている。つまり風呂に入る為の入口は男女の更衣室にそれぞれ一つ、合わせて二つある訳なのだが、そのどちらからも(今のところ)人が出て来る気配は無い。

「温泉を観光スポットと呼ぶのって実際どうなんだろうとか、アルカディアは日本みたいな全身入浴の習慣が薄いとか、色々言いたい事はあるんですけど……結構な事じゃないですか。余計な連中も居ない事ですし、貸切みたいでのんびり出来ます」
「ま、そうよね。誰か来たとしても真樹菜ちゃんの残念バストじゃ、大して目の保養にならないもんねえ」

 かちん。

「失礼な。そもそもあんな脂肪の塊をありがたがる人間の気が知れません。それに胸は大きさじゃなくて形です。カタチの美しさこそが全て。大きさとか柔らかさとか色とか匂いとか味とか、そんなものは乳の本質を外した的外れ極まりない愚劣な意見としか言いようがありませんね」
「おっぱいの評価基準に色と匂いと味を挙げる奴って、実際相当少数派だと思うんだけど」
「とにかく、『大きければそれで良い』なんてのは、女性の胸の本当の魅力に気付いていない愚か者の戯言です。そもそも巨乳なんて歳取ったら垂れてみっともない事になるに決まってるんですから。それなら常に形を整え、その芸術性をいつの年齢になっても損なわぬ様に努力するのが女性のあるべき姿なんです」
「ふーん」
「何ですかその顔」
「いや別にぃ? そこまで言う真樹菜ちゃんのおっぱい、そんな大層キレイなもんだったかなーって」

 ぶちん。

「伽爛さん。今まで私は貴方の放言を戯言と思って聞き流してきましたが、さすがに今の発言は聞き流せません。速やかな撤回と謝罪を要求します」
「えー? そこまで言うんならさー、証明してみせて頂戴な。真樹菜ちゃんのおっぱいが芸術品に値する美しさって、アタシに納得させてみてよぅ」
「いいでしょう! とくと御覧なさい!」

 そう言って。
 ばっ――と変身ヒーローばりの大仰な動作で、真樹菜は湯編み着を脱ぎ捨てる。
 当然ながら温泉に入る際の礼儀、マナーとして、湯編み着の下に水着やら下着やらを付けている訳も無く、つまり湯編み着を脱ぎ捨てた真樹菜はすっぽんぽんな訳であって――




 からり、と男子更衣室の扉が開く。
 からり、と女子更衣室の扉が開く。

「おお、すっげぇ。でかい露天風呂だな……って、ハル!? 何してんだ!?」
「ま、マスター!? なんでここに!? え、ちょっと、ええー!?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ、ここ混浴ですよ?」
「聞いてないよ、ルイちゃん!」
「聞いてないですよ、ルイさん!」
「まあまあ、いいじゃないですか。ほら、先客さんだってその辺気にしてないです、し……?」




 ――露天風呂へと入ってきた男女(プラス、妖精を思わせるサイズと見た目の少女)と目が合ってしまう訳で。


「あ」
「わ」
「…………………………………………っ、」



 悲鳴が上がった。





◆     ◆





(続く)





◆     ◆





後書き:

 という訳で、習作リレー第四話でした。
 作者の透水でございます。以後ヨロシク。

 やたら長くて字数の多い(間違いなく最長で最多字数)本パート、後半につれて読むのが辛くなっていたと思います。ごめんなさい、つい調子に乗り過ぎました。
 次回の透水担当分では、ここまで長くなりませんので。多分。
 あと、他のお三方のパートと比べて、明らかに印象が違いますよね。ほのぼののんびり次元世界旅行、という触れ込みなのに、何かクライム・サスペンスになってしまってる感が。戦闘描写無し、という縛りが入ると、どうにもこういう方向に進んで困りますw

 それでは一周しましたので、一条空さんにバトンをお返しします。

メンテ
Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.5 )
日時: 2010/04/20 19:27:43
名前: 一条 空 




あ……ありのまま、今、起こったことを話すぜ!
『俺は温泉に入ろうと思って戸を開けたら、そこは混浴で全裸で胸を張る見ず知らずの少女がいた』
覗きだとか入る湯を間違えたとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……


「見ず知らずの『美』少女、です」

「はい、その通りです」


何故見ず知らずの『美』少女と肩を並べて入浴しているのか……
美少女の友達だという身長は二メートルを超え、体重は百キロオーバーだという筋肉モリモリマッチョ……さん
そのオカマさんに仲を取り持たれ、とりあえず落ち着くことになり……こうやって入浴している

ちなみに面子は……オカマさん、全裸を見てしまった美少女、俺、ハル、ルイの5人である

追加で言うと、俺の右隣に例の美少女とその向こうにオカマさん、左隣にハルとその向こうにルイである


なんで俺を緩和剤に使おうとしてるんでしょうか
俺がその起爆者なのに






                         次元世界旅行記


                 第五話 混浴は日本が誇る最高の文化……じゃないですはい
 





「とりあえず自己紹介でもしようかしら。
 こんな奇妙な縁だもの、捨てるの勿体無いし♪」


会話がし辛い中、オカマさんの一言に救われる

じゃあアタシからねと、微妙に身体をくねらせながら自己紹介を始める


「アタシは臥駿河伽爛、親しみを込めて伽爛って呼んでくれるとうれしいわ。
 今回は旅行で来てるの。

 じゃあ次、真樹菜ちゃんどうぞ」

「……結城真樹菜です」


裸を見られた事を怒っているらしく、かなり無愛想な挨拶である
まあ、それも全て俺のせいなんだけども

オカマさん……伽爛さんが真樹菜ちゃん!と叱るが、真樹菜さんはつんとそっぽを向いてしまった


「え、えーと……三十日優人です。
 俺たちも旅行で……いいのか?
 まあそんなところです」

「私はマスターのデバイス、シュトルムハルトです。
 ハルとお呼びください」

「わたしはガイドナビのルイです!
 よろしくお願いしますです!」


とりあえずの自己紹介が終り、心中でほっと息をつく――――


「それで、真樹菜ちゃんのスタイルはどうだった?」

「ブーッ!」


――――わけにはいかなかった


「な、何を言ってるんですか!」

「だってねえ?
 ユウトくんたちが来る前に、真樹菜ちゃんの残念なバストじゃ、大して目の保養にならないもんねえって言ってたんだもの。
 折角男の子がいるんだし、目の保養になったかどうか、聞きたいじゃない?」

「それで自慢そうに胸を張ってたわけですね、無い胸を」


かちん


……どこか遠いような近いような場所で、そんな音が聞こえた


「所詮胸なんて脂肪の塊です。
 真の胸の価値は美しい形なのです。
 そんな塊が大きいだの柔らかいだのなんだの、そんなものは乳の本質をはずした的外れ極まりない愚劣な意見です。
 巨乳なんて歳取ったら垂れてみっともないことになるに決まってるんですから。
 常に形を整え、その芸術性をいつの年齢になっても損なわぬ様に努力するのが女性のあるべき姿なんです」


つーんとそっぽを向いたまま、胸に対しての持論を語ってくれる真樹菜さん
その向こうで伽爛さんが、さっきと同じこと言ってると、朗らかに笑いながら二人を見ている


「あなたにとって胸の価値とはその程度のものなのですね」

「なっ!?」


ふふんと鼻で笑うハルに、真樹菜さんはたじろぐ


「だ、だったらあなたにとっての胸の価値とはなんですか。
 この私を納得させてみてください」


いいでしょうと言って立ち上がると、おもむろに身体に巻いていたタオルをほどき……


「私の胸の価値、それは母性です!」


ついさっきの真樹菜さんのように、素っ裸で腰に手を当て、胸を張ってそんなことを言い出した

ちなみに視線は既に大空へと注がれており、ハルの双丘はいっぺん足りとも視界に入ってない
水を吸って薄く胸のぽっちが見えたとか、ぺったりと張り付いて無駄に綺麗な形が強調されてるとか、
なんか大きくなってないかって思ったけど、全て気のせいだと言うことにしておこう、うん

俺は何も見なかった


「ぼ、母性!?
 それは一体どういう事ですか!」

「そもそも女性の胸はなんのために膨らんでいるのか!
 それは生まれくる新たな生命を育むためにあるのです!

 赤ん坊が生まれて一番初めに口にするのは何か!
 間違いなく母親のおっぱいです!
 
 子を育てていくためのものに形だの大きさだの必要ありません!
 色?匂い?味?そんなものを口論するなど愚の骨頂!

 女性の胸は母性の象徴!
 子を育て、全てを慈しむ母の証なのです!!」

「な、なんと……」


ハルの高らかとした演説に、ぐぅの根もでないほどに打ち負かされた様子の真樹菜さん
まぁ俺としてもハルの持論には賛成と言いたいところだ

母性……母性ね


「確かにその大きさに目がくらみ、吸い寄せられる男どももいましょう。
 しかし、彼らが愚かしいといえばNoなのです。

 彼らもまた、その大きな胸に母性を感じているのですから」

「で、でも、私のようなひんny……慎ましやかな胸の女性は――――」

「その胸にもまた、母性を感じる人がいるのですよ」

「っ!」

「あなたぐらいの年頃の女性は、自身の魅力を卑下にしすぎなのです。
 確かに他人より劣っていると思うことは仕方有りません。

 けれど、大事なのは劣っている中でいかに上手く優れているように見せるか、なのです。
 そこに大きさ、色、柔らかさ、形……そういったものが含まれるのです。

 しかし、それだけに価値を見出してはいけません」

「は、ハルさん……私、私は……」

「あなたも、劣等感に悩まされていたのですね、わかりますよ。

 マスターの周りにいる女性も、皆魅力的で胸の大きな女性ばかりで……
 一体何度、もっと自分の胸が大きければと思ったことか。

 ですが、そんな時にお母様は言いました。
 それが母性であり、母なる女性の証なのだと」

「母性……女性の、証」


一体誰からの受け売りかと思えば……ウチの母さんかよ
確かにウチの母さんは日本人の例に漏れず慎ましやかな胸だけども……


「ハルさん……いえ、お姉さまと呼ばせてください!」

「真樹菜さん、大事なのは諦めない心ですよ。
 どんな環境でも、そこにあるものを生かしきることが大事なのです。
 諦めない心があれば、きっとできますよ」

「はいっ!」

「感動したわっ!」


ん?
聞き覚えの無い第三者の声……

恐る恐る視線を下げていき、ハルと真樹菜さんの間で、二人の手を包むように握っている見ず知らずの女性を確認出来た
って、あの人洋服店で見た、娘を着せ替え人形にしてた人じゃないか?


「あの、すみません、保護者がご迷惑をおかけします……」

「君は……着せ替え人形にされてた子か」

「はい……あの時洋服屋にいた人ですよね」

「……お互い大変だな」

「わかって……くれますか」


背負った苦労がにじみ出ているのか、同類だから分かったのか……

とりあえず火の元から離れた場所に移動し、二人並んで湯に浸かる


「あ、僕は空咲裕里といいます。
 あっちは保護者の天城美月さんです」

「へぇ、日本名って事は地球の人?」

「はい」

「あ、俺は三十日優人。
 あっちは連れのハルと、あそこのちっこいのがルイ」


美月さんとハル、真樹菜さんが3人でがっしり手を組合ってる横、
ちっさいので溺れるからということで、風呂桶にお湯を入れてそこに使ってるルイを指差す


「三十日さんも地球の人ですか?」

「そうなる……かな。
 まぁ俺は並行世界から来たんだけどさ」

「並行世界、ですか?」

「あらん?面白そうな話してるじゃない。
 アタシも混ぜてよん」


巨体なのにおおきな水しぶきも立てずに歩いてくる伽爛さんが隣に座り、
別に隠すことでもないしというわけで話す


「……というわけで、まぁ明日には帰れるハズなんだけどね」

「それは大変ですね」

「でもとっても楽しそうじゃない♪
 かく言うアタシたちも並行世界から来たんだけど。

 こう、魔法でばーんってやってね♪」


コロコロと笑いながら、とんでもないことを言ってくれる伽爛さん


「一個人で並行世界に転移できるって……どれだけバケモンですか」

「SSSは吹っ切ってる気がする……」

「いやん♪化物なんていわないでよっ」


とか言いつつ物凄く照れてる


「ま、安心なさいな。
 アタシたちは世界のバランスが崩れるようなことはしないし、戦争目的でもないわ。
 それに、ユウト君とは別の並行世界みたいだし、ね」

「そんなこともわかるんですか?」

「裕里ちゃんって言ったかしら?
 あなた達で例えると、魔力を持ってるか持ってないかの違いがわかるって感じよ」

「へぇ、伽爛さんホントにすごいんですね」

「あらやだユウトくん!
 褒めても何もでないわよっ」


照れながら背中を叩くのはやめて下さい
物凄く痛いです


「ところで空咲ちゃん、いくらなんでも胸を隠さないのは女の子としてどうかとおもうぞ」

「ぇ……あ、あの、僕男なんですけど」

「……ぇ」

「あら?言われてみれば……男の娘ね」

「想像はしてましたよ……あと男の娘って子じゃない!なにか字が違う!」


……ああ、たまにはこういうのほほんとしたのもいいな
戻れるかってのに不安はあるけども


「おおーこれは見晴らしのいい……ん?」


ガラガラと戸を開けて出てきたのは……一糸纏わぬ姿で現れた10才前後の女の子と―――


「ちょ、ホントに手ぬぐいすら持っていかないなんて…………ぇ?」


金色の髪がとても美しい……スタイル抜群の狐っ娘(九尾)だった




凍る時間



湯に浸かっている全ての人の視線が、入ってきた二人……特に狐っ娘の方に注がれる


「「ま、負けた……」」


唐突にばしゃんとお湯に倒れこむハルと真樹菜さん


動き始めた時が、同時に美女の悲鳴を紡いだ








「三十日さん、だいじょうぶですか?」

「あー……だいじょぶ」


久しぶりに鼻血を出した気がする
いや、出血なら結構頻度はあるけどさ

俺と空咲君は伽爛さんに連れられ、脱衣場に戻ってきていた
そこに備え付けてある長椅子に横たわっているというわけだ

ちなみに女性陣はまだ入浴中

というかあの状態から顔合わせるって、ほんとあわせ辛いんだが


「ユウトくん、はい冷たいお茶よ」

「伽爛さん、ありがとうございます」

「いいのよ、これくらい」


上半身を起こし浴衣に着替えた伽爛さんから、ペットボトルのお茶をもらう
一口飲んで……火照った身体に冷たいお茶が気持ちいい


「それにしても、ハルちゃんや真樹菜ちゃんの裸見てもどうってこと無かったのに、
 あの狐の娘の裸見て鼻血だすなんて、ユウトくんも初心なのね」

「え?ハルさんって三十日さんの奥さんじゃないんですか?」

「ハルが聞いたら狂喜乱舞しそうだな……
 いや、ハルはデバイスなんだよ。
 あの体もユニゾンデバイスの技術を応用した身体なんだよ」

「夜は同じ部屋で秘め事を……」

「やってません!
 こういっちゃなんですが、まだそういうことはした事ないですから」

「あら?ユウトくんぐらいの年の子はバンバンやっちゃってるって思ってたけど」


コロコロと笑う伽爛さんを横目に、お茶を飲み干す

火照った身体も大分冷めてきたし、鼻血も止まったようだ


「それで?
 あの子の裸はどうだった?
 興奮しちゃった?」

「インパクトが強かっただけですっ!
 とくに興奮したとかそういうんじゃ無いですから!」


金髪の子は下も金なんだなぁとか思ってないですから!
はっ!?


「三十日さん、墓穴掘ってます」

「煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散……よし」

「ハルちゃんとあの子はどっちがいい?」

「言わせないでくださいよ!?」


こんなんで本当に帰れるのかなぁ……




続く







あとがき


投げやりに終わるっ!作者の一条空です。

まさかの全員集合です。

透水さんが悪いんだっ。
もろ見せさせるからこうなったんだっ。

だからふぁんふぁさんやwsさんも困ってしまえばいいんだっ(笑)

というわけでふぁんふぁさんにバトンを回します。

くっくっく……これからどうなるのか、楽しみですよ。

あ、キャラがブッ壊れてるところは勘弁です、はい
メンテ
Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.6 )
日時: 2010/04/25 19:35:23
名前: ふぁんふぁ 




「あー……疲れた」


    ドラゴン狩りに向かった裕里と美月はトボトボ小さな丘を下っていた。

    服が所々汚れているところを見るとどうやら既に終わった後のようだ。

    そして裕里は何故か鶏の数十倍はあろうかという程の巨大なタマゴを両手で抱えている。

    隣を歩く美月はというと何か不満なことでもあったのか大げさに体を揺らして闊歩していた。

    その姿を見て裕里は何度目になるか分からないため息を吐く。


「機嫌直しましょうよー。まさかのドラゴン不在だったのは確かに、残念でしたけどー」

「ふ〜んだ、何がドラゴン退治よ。雑魚しか居ないとか訳わかんないし。あー飽きた、疲れた、もう家に帰る!」

「駄々っ子ですか……」

「……悪い?」

「いえ、別に……」


    何でも肝心のドラゴンが居なかったらしくそれが原因のようである。

    本当のゲームでもあるまいし、いつでも居てくれるとは限らない。仕方のないことなのである。

    しかし、そんな理由が美月に通用するはずもない。楽しみにしていた分も相まって特別、機嫌が悪いのだ。


「でも……良かったんでしょうか?」

「んー? 何が?」

「これですよ、これ」


    裕里は両手が塞がっているので顎で抱えているタマゴを指す。


「これ、サイズ的にドラゴンのタマゴですよね?」

「でしょうね」


    そう、実は裕里が両手に抱えている大きなタマゴは丘の上の巣らしき場所に置いてあったものなのだ。

    それを美月が気まぐれで持って帰るように言ったのだ。

    流石に裕里も躊躇ったのだが、美月は拗ねて言葉を全く聞き入れてくれなかったためしぶしぶ抱えてきたのだった。

    ……親が取り戻しに来ないかとてつもなく心配である。


「ふんだ、いいのよ。居ない方が悪いんだから」

「で、でも、もし取り返しに来たら町が……」

「いいもん! その時は誰かがどうにかしてくれるでしょ!」

「他力本願……いいのかなぁ」

「何よ、文句あるの?」


    ジト目で睨んでくる美月。

    不満は尽きない程あるが言っても疲れるだけなのであえて言ったりはしない。

    とりあえず、裕里は身の安全の為にも首を横に振っておくのであった。





                                  次元世界旅行記



                           第六話 問題を放置して男の娘は帰るのであった








「だ、だが、君は何も恥ずかしいと思わないのか?」

「へ? あー……僕は裸とか見ても特に何とも」

「男の娘だからね」

「もー! 伽爛さんしつこい!」


    ここはミッドガルドのとある温泉。

    狩りの後、裕里と美月は服も体も砂埃で埃まみれになってしまったため、
    町で聞いた温泉まで来たのだがそこで偶々居合わせた人たちと美月が何故か突然、何の前ぶりもなく意気投合。

    今現在も、女性陣だけで温泉堪能中なのである。

    色々あって男性陣だけ脱衣所に避難してきたのだ。最も一人は元男性で避難してきたわけでもないようだが。


「うーん、もったいないわ〜。まあでも、将来はどうなるか分からないからね」

「将来は、素敵なお嫁さんを見つけて婿養子になるんですー!」

「発想が乙女だな……さすがは男の娘」

「しまった、墓穴掘った!?」


    いつ何時何処にいようと誰からでも弄られるのは既に運命らしい。

    気疲れしたので、もう一度、湯船に浸かりたい気分になったが一人で行くとまた、弄られそうで怖い。

    どうしようもないのでため息を吐くと先程、買ってきたフルーツ牛乳を手に取り蓋を開けて口をつける。

    味は元の世界と何ら変わらないものであり、美味しかった。

    しかし、そんな何気ない行動一つでも弄られるのが裕里クオリティなのであ。


「両手でビンを持つなんて……さすがは」

「伽爛さん! それ、もういいですから!」

「あらん、もう、必死な姿もかわいいわね」

「うう……うわぁぁーん!」

「遂に精神が限界を迎えたか」


    自分にはゆっくり牛乳を飲む時間もないのか。

    そう思うと何だか涙がこぼれた。

    もういい、と目じりに涙を貯めたままいじけてちびちび牛乳を飲む。

    甘いフルーツ牛乳は、心を落ち着かせてくれた。


「あ、そう言えば……」


    すると裕里は何か思い出したように牛乳を飲んでいる、
    途中で立ち上がると自分のロッカーの前まで歩いていき扉を開く。

    そして中からドラゴンの巣から持ってきたタマゴを取り出した。

    思いつきで温泉タマゴにしようと言う美月を必死になって止めた後、ロッカーに入れておいたのだ。

    勝手に持ち出されていないようで安心する。

    隠れて何処かに侵入するなど美月の行動力からすれば当たり前の事なのだ。

    男湯なんて些細なこと。これまた迷惑な話である。

    と、確認するために取り出したタマゴが目に入ったのか伽爛とユウトが近寄ってきた。


「あら、空咲ちゃん。それ、なあに?」

「タマゴか? デカイな」

「はい……これ、ドラゴンのタマゴなんです」

「「ドラゴン?」」


    ドラゴンの単語に疑問符を浮かべる二人にとりあえず経緯を説明することにする。


「つまり……持って来ちゃったの」

「そうなんです……美月さんは食べる気だったみたいですけど、流石にそれは」

「だな」


    伽爛がタマゴを撫でる。

    今のところ特に何の反応も示さないタマゴだが、まさか孵ることもないだろう。たぶん。

    持って帰ってきている時点で問題なのに孵ったらさらに大問題である。

    雛ならまだ良いのだ。もし、泣き声を親が聞きつけようものなら町は火の海である。

    もし本当に大災害が起ころうものなら……その先は考えたくなかった。


「それで、空咲ちゃんはどうしたいの?」

「はい、出来るなら巣に返してあげたいんですけど……僕一人で帰しに行くと美月さんが暴れそうなので無理なんです」

「探して回って町を破壊するか……出会ったばかりだけど本当にやりそうな人だと思えるから洒落にならないな」


    出来るなら返してあげるのが本当なのであろうが、
    美月のことを置いておいても子どもが一人で勝手に行動するのは危険だろう。

    しばらく静まり返る脱衣所。

    無言のまま数分が過ぎてから、伽爛が裕里の肩を叩いた。

    安心させるような表情を浮かべていることに裕里は呆気にとられる。


「よし。じゃあ、私が巣に返しておいてあげるわ。ただ、帰り際になっちゃうけど」

「い、いいんですか?」

「ええ、私に取ってみればドラゴンなんてそこら辺のトカゲと一緒だもの、出くわしても怖くなんてないし。
 それに、やっぱり親と一緒がいいとは思うからねー」

「ありがとうございます!」

「ド、ドラゴンがトカゲなのか……?」


    にこやかに微笑む伽爛。

    裕里は礼を言いながら頭を下げて伽爛にタマゴを手渡す。

    とりあえず会話はツッコミどころ満載なのだが冷や汗をかいているユウト以外の二人は気にしていないらしい。

    
「あ、それと、あの人に言っておいて。ドラゴンのタマゴは不味いからって」

「食べたことあるんですか……」

「食べたことあるのかよ……」


    それに、美味しくないと言うことが分かっただけでも収穫だったのかもしれない。

    
    


    …





「あー楽しかった」

「良かったですね……」


    はつらつとした顔の美月を見て裕里は肩を落とす。

    伽爛とユウト達に別れを告げて温泉から出てきてた裕里。

    それにしても個性豊かな人たちであったと思い返す。

    何となく少し懐かしいような前から知っているような気がしないでもない。

    そんなことは無いはずなのに。不思議である。

    色々苛められたりもしたが願わくばもう一度何処かで会ってみたいと思う。

    そう思えるほど楽しい人たちであった。

    
「でも、タマゴあげちゃうなんて……育ててみたかったのに」


    が、そのことに関して美月は不満があるようだ。

    勝手に渡したことを怒ってはいないようだが、食べる食べないは別にして持って帰りたかったらしい。


「もーダメですよ? ドラゴンだって、子どもと引き離したりしたら可哀想じゃないですか。
 やっぱり子どもは親と一緒に居たほうがいいんですよ」

「うー、何だか孫にお説教されてるお祖母ちゃんって最悪じゃないー」


    確かに最悪である。

    それが自分で分かっているだけでもマシな方である。

    特に美月に関しては暴走すると本当に洒落にならないのだ。


「何言ってるんですか。大人気ないのは前からなんですから気にしちゃダメですよ」

「……ひ、酷い」


    大人のプライドでもあったのか珍しく落ち込む美月。

    裕里も裕里で意外と言動に容赦がなかった。さすがは美月の孫である。

    変なところで似ているようであった。

    
「ふんだ、いいよーだ。どうせお祖母ちゃんらしくないですよーだ」

「あはは、本当ですね」

「はぁ……それじゃあ、帰るよ」

「……え?」


    そして、唐突なのは相変わらず。

    脈絡もなく突然、帰ると言い出す美月に裕里は唖然とする。

    まだ、一日しか過ぎていないと言うのに。

    観光などドラゴンの巣くらいしか見ていないのだ。


「も、もう帰るんですか? まだ一日しか経ってませんよ?」

「……君が気絶してからもう、二日経ってたんだよ?」

「う、嘘」

「本当」


    意外な事実にうなだれる。
   
    日付など確認することなど出来るはずもなく、しかしそうなってくると仕方なかった。

    恐らく美月のことだ。皆に何も言わずに飛び出してきたのだろう。

    元の世界では今頃大混乱なのは想像しなくても分かる。

    そもそもまだ、闇の書とウイルスの事件は何も解決しておらず真っ最中なのだ。

    裕里と美月が抜けてしまっている間に戦闘になったりでもすればウイルスもいるのに大変である。

    ならば帰らなければならない。


「おし、それじゃあ。この世界ともおさらばねー」

「美月さん、僕が寝ている間に色々見てまわってたんですね……」

「うん。ファンタジー最高ね! 楽しかったよー!」

「起こしてくれれば良かったのに……」

「ざまあみろー」

「大人気ない……」


    何ともあっけない終わり方であった。

    第203管理外世界ヘルダイム。

    思えば少しの間だったとは言え心に残る印象的な世界であった。

    同じように異世界から来た色んな人たちとも出会った。

    感慨深い物はあるが……裕里は気持ちを切り替える。

    まだ、自分にはやらなければならないことがある。……それが全部終わったならいつかまた皆と一緒に来てみよう。
 
    それまでこの世界が今のように平和であって欲しい。

    何となく裕里はそう、思った。


「じゃあ、お土産だけでも買って行きましょう」

「おお、そうだった。すっかり忘れてたよ。よーし、それじゃあ、何が良いかなー」

「食べ物より、何か別の物がいいですよねー」


    お土産と聞いて途端にやる気になった美月と共に商店街の方に歩いていく裕里。

    とりあえず今のやるべきことと言えばお土産を
    美月の有り金、全て使い切るくらいの勢いで大量に買い込んでいくことだけであった。





    続く






あとがき


はい。とりあえず、私ふぁんふぁが書くパートはこれにて終了でございます。

何だか最後は急展開すぎますけどね……申し訳ないです。


それと透水さん……私が放ったフラグをどうにかしてください。

無理やり譲渡でございます、許してくださいw


それでは、読んで頂いてありがとうございました。

後は、wsさんと透水さんに委ねるだけ……お二方、頑張ってくださいませw
メンテ
Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.7 )
日時: 2010/05/12 15:31:28
名前: ws 

次元世界旅行記

第7話 王様と乳と温泉と







「アルカディアの王様からの招待状?」

 はて、と八神玲は首を傾げた。

 彼女の目の前には人当たりの良い笑みを浮かべた宿泊先の宿屋「カモメと共に」の支配人。
 彼はこれ以上にない程の上客である玲に色々と便宜を図っていた。
 何しろ、彼女はやって来るなり、最上階フロアをフロアごと貸切、ルームサービス――地球のホテルにあるように、料理などは勿論、娼婦の手配までもしてくれる――を頻繁に利用していたのだから、便宜を図らない方がおかしい。



「どうぞ、これからも当宿屋を御贔屓に」

 そう言って、平身低頭する支配人に玲は彼の意図が容易に読めた。
 王室とのパイプを作るチャンスをやったのだから、もっと利用してくれ……つまりはそういうことだった。

「まあいいわ。ここ、料理もいいし、ベッドの具合もいいし」
「恐縮であります」

 支配人は僅かに顔を上げ、ベッドの様子を窺う。
 美しい金色の髪、端整な顔はやや赤く、その紅い瞳は潤みつつも、玲に注がれている。
 時折、その口から喘ぎ声が漏れることから、玲が書簡を持っていない手で彼女に何をしているかは明白であった。

 彼は目の前の小さなお客様と美女の関係がどういう関係か知らないし、知る必要もない。
 余計な詮索をしないことが、この業界で生き残るコツであった。

「日時は今日の昼……今は11時くらいかしら? 急だけど、いいでしょう」

 やることもないし、と彼女はひとりごちる。
 今日、チンピラに絡まれてでっかいオカマに乱入されてご機嫌斜めであった玲は結局、どこも観光せずに宿屋に戻って玉藻とベッドの上で戯れていた。
 一応、玉藻に宥められて機嫌は直ったように見えたが、どうにも直っていなかったようだ。

 玲の言葉を承諾と受け取り、支配人は顔を上げて言葉を紡ぐ。

「よろしければドレスを見繕い致しましょうか?」
「そうね……玉藻に碧いドレスでも見繕って頂戴な。私は自前のがあるからいいわ」
「畏まりました」

 再び頭を下げ、彼は部屋を辞した。



「玲……行くの?」
 
 玉藻は玲の耳に口を寄せて、小さな声で問いかける。

「行く。暇だし。それに、バルバロッサの為にも、協力国は多ければ多いほどいいもの」

 そう言いつつ、玲は玉藻の絹のような髪を梳く。

「バルバロッサ、か……皮肉なものだ」

 バルバロッサ作戦――1941年6月22日に行われたドイツ軍によるソ連進攻作戦……過去、アカに対してナチが行った一撃が、共産主義どころかその正反対の民族主義を標榜している自由ベルカ解放戦線に対する制裁となる作戦名であるのだから。

「地球を舐めている彼らは、人工の太陽によって焼かれることになるのよ」

 玲は暗い笑みを浮かべる。
 地球製の人工の太陽によって、怨敵が焼かれる姿が彼女にはハッキリと見えているようだ。
 対して、玉藻は溜息を一つ。

「まあ、気持ちは分からないでもない……というか、分かる」

 玉藻も、過去に玲の偽者に殺されて使い魔として蘇っている。
 彼女としても、恨みは十分にあった。

「いいのか? 世論が面倒だろうに」
「マスメディアで扇動するから問題ないもの。それに各国の軍人は皆、腕を振るいたがっているから、問題ないもの」

 やれやれ、と溜息を吐く玉藻。
 
「無粋な話はもういい? そろそろセカンドラウンドに行きたいのだけど」

 玲の言葉に玉藻は暫し躊躇したが、ゆっくりと頷いた。










「信用できるのですか?」

 その問いに、アルカディア王国の国王であるマルクスは顎に手を置く。
 今、マルクスの執務室には彼と大臣の2人だけだ。

 最も信頼している大臣の問いは至極当然のもの。
 彼の発した問いは王であるマルクスの書簡に起因する。
 傍目からすれば唐突としか思えないマルクスの行動だが、彼にはある種の予感があった。

 それは兄のマクリヌスについてだ。
 マルクスとて暗愚ではない。
 宮廷にて血みどろの権力闘争を目の当たりにしてきたマルクスにとって、こういうことは予期できたものだ。

「彼女にはよろしくない噂もあると聞きます」
「だが、私は勿論、この世界の王にはないものを持っている」

 マルクスはそう言いつつ、少し前にやってきた旧友の言っていた話を思い出す。
 魔法学院の学長を務めているとかいう彼は散々愚痴を言って、酒を浴びるように飲んで、昨日帰っていった。

「夜天の王、八神玲……しがらみに囚われたりしない、自由奔放なところが我々にはないところだ」
「伝聞でしょう?」
「だが、強い」

 マルクスはそう告げ、大臣を見据える。

「誠心誠意、お願いすれば聞いてくれる筈だ」

 そう言い切るマルクスだったが、大臣からすれば不安で仕方が無かった。
 何しろ、その学長の言った通りの人物ならば、彼が思い描くのは途方もない問題児の、礼儀を弁えぬ乱暴者でしかなかった。

「ともかく、会談中は誰も入れるな」
「畏まりました」

 大臣は頭を下げ、部屋を辞した。










 そして、彼女達はやってきた。

 道行く人々が立ち止まり、彼女達をまじまじと見つめる。
 それは女性の美しさに、あるいはその隣を歩く少女……アルカディア、いや、ヘルダイム中を探しても彼女が纏う黄金の鎧は存在しないだろう。

「フフン。さすが私達。皆の視線、独り占め」

 胸を張る玲に対して、玉藻は浮かない顔だ。

「目立ちすぎじゃないか?」
「今更じゃない」

 それもそうか、と玉藻はちょっとだけ落ち込んだ。
 狐耳と尻尾があったなら、垂れ下がっていただろう。
 彼女としては見世物になりたくはないが、そうはできない容姿であった。

 瞬間、彼女は体を震わせた。

「んふふふ、いい尻してる。昨日はこの尻を堪能できたわぁ」

 玲が悪戯していた。彼女の顔には好色な笑みが浮かんでいる。
 玉藻は体を震わせつつも、どうにか主を引き剥がそうとするが、無駄に高い粘着力を発揮し、引き剥がせない。

「やめっ! やめてぇっ!」
「ふふふ、よいではないか……よいではないか……!」

 玉藻は気づいていないが、玲はオプティックハイドとフェイク・シルエットの組み合わせで周囲の目を見事にごまかした上でこういう行動に出ていた。
 無駄に抜け目がなかった。




 それから20分後、ようやく玲と玉藻はアルカディア城に入城した。






 アルカディア城の玉座の間は誰もが玉座の間と聞いて、想像するような場所であった。
 真っ赤な絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリア、壁には何やら絵画が飾られている。
 部屋の中央には肉体的にも精神的にも座り心地が良さそうな玉座が置かれていた。

「私がアルカディア王国の国王、マルクスだ。突然の呼び出しにも関わらず、よく来てくださった」

 玉座に座ってではなく、玉座から降り、マルクスは玲達を出迎えた。
 領土を持たぬとはいえ、仮にも彼女は王。
 ならば、玉座に座っていては問題がある……そう考えてのマルクスの行動であったが、玲にとってこれは非常に満足のできる対応であった。

 彼女はマルクスと握手しつつ、自身の名を告げた。

「私が夜天の王にして、全次元世界で抱かれたい女No1の八神玲よ」

 横にいた玉藻は獣形態に戻って、丸まりたくなった。
 なんて恥ずかしい自己紹介なんだ、と彼女ならずとも思うだろう。

 しかし、そんな玉藻とは裏腹にマルクスは大げさに驚いてみせる。
 演技なのか、それとも素なのかはともかく、彼の反応は玲の機嫌をより良くしたのは確かだ。
 今まで、彼女が名乗りを上げて、呆れられたり、白い目を向けられたことはあったが、こういう風に驚いてくれたことは無かった。

「ほら、玉藻。挨拶」

 玲に横から肘で突かれて玉藻は我に返った。

「玉藻です」

 自分でそう言って、何か違和感があるなと思う玉藻。
 彼女はあんまり敬語を使ったことがない。
 大抵の場合、普段と同じ……すなわち、タメ口だ。
 この辺、傲岸不遜な玲の影響を受けているといえる。


 しかし、マルクスがそのような裏事情を知るわけもない。
 彼は笑顔を絶やさず、穏やかな声で告げた。

「早速だが、食事でもしながら世間話でもしよう。我が国が世界に誇る魚料理を存分に味わって欲しい」


 3人が護衛の兵士を引き連れ、食堂へと向かっていたときであった。
 廊下の反対側から煌びやかな衣装を纏った中年の男性がこちらもまた護衛の兵士を引き連れてやってきたのだ。
 彼の顔には焦燥が見え隠れしている。

「陛下、聞いていませんぞ」

 口調はやや荒い。
 しかしながら、マルクスは涼しい顔だ。

「これは兄上。
誰から聞いたのか存じませんが、私はたまたま旅行にいらしていた異界の方と会食をするだけです」

 いけしゃあしゃあとそう言い放つマルクス。
 もっとも、今回の会談がマクリヌスに洩れたことで、どうやら信頼していた大臣をも疑わねばならなくなり、彼としては溜息の一つでも吐きたかった。


「そんな素性の知れぬ者と会談するなど……万が一のことがあり、アルカディアがどうなってもよろしいのですか!?」

 声を張り上げるマクリヌス。
 顔は心配げな表情だが、その内心は分からない。

 しかし、面白くないのは玲である。
 彼女ならずとも、全くそんな気はないのにいらぬ疑いを掛けられたら気分が悪いだろう。
 そういうわけで、彼女はいつも通りにやってみようとしたが、玉藻が彼女の口を塞いだ。
 気の短い主のこと、発言を許せば非常に面倒な自体に陥るだろう。

 そうこうしているうちにも、マルクスとマクリヌスの舌戦は終わった。
 どうやらマルクスの勝ちらしく、マクリヌスは玲と玉藻を一瞥し、護衛の兵士達と共に去っていった。

「気分を害してしまって申し訳ない」

 マルクスの謝罪にようやく玉藻が手を離したことで喋れるようになった玲が告げた。

「彼も分かってない。この世界なんぞ、私が足を踏み入れた時点で私のものになっているのに」

 溜息交じりの玲にマルクスは目を丸くし、玉藻は天を仰いだ。

「……何とも凄い人だ」

 我に返ったマルクスの口から出た言葉は感嘆のそれであった。
 彼が見たところ、玲は強がって言っているというようなものではなく、本気で自分のものになっていると思っている。
 こんなことを素で言えるのは余程の馬鹿か、大物か……そのどちらかでしかない。

「ただの馬鹿です。気になさらずに」

 玉藻は玲に拳骨を落としながら、そう言った。
 主の尻拭いも使い魔の役目……もっと言えば、子狐のときから玲と一緒にいた玉藻にとって、玲は主である前に育ての親でもある。
 親の尻拭いとも言えるだろう。

「いや、そう言わずともよい。中々、そうは言えないものだ」

 そう答えるマルクスに玲は胸を張る。
 その様子が微笑ましく、思わず彼は笑ってしまった。








「さぁ、たんと食べてくれ!」

 食堂にて、マルクスは2人にそう告げた。
 大きな丸テーブルに並んだ数々の魚料理。
 玲と玉藻がホテルや城下町で食べたことがある料理もあれば、見たこともない料理もある。

「いただきます」

 いの一番に玲がそう言って両手を合わせる。
 それを見て、マルクスは首を傾げた。
 彼の様子に気づいた玲は「ああ」と思い、言葉を紡ぐ。

「これは私の祖国での食事前の挨拶みたいなものよ。
料理を作ってくれた料理人や材料を提供してくれた農家や漁師の方、そして食べられる魚や牛とかへの感謝の念を込めてるのよ」
「なるほど……」

 玲の説明を聞き、マルクスもまた手を合わせ、いただきます、と言った。
 こうでいいかな、と尋ねるマルクスにOKを出し、玲は手近な魚の煮物を食べ始めた。
 玉藻も玲が料理を食べ始めたのを見、料理に手をつけた。





 それから会食は穏やかな雰囲気で進み、食後のデザートとお茶が済んだところで、マルクスはおもむろに切り出した。

「実はお願いがあってな……」
「お願い?」

 玲にマルクスは一度頷いて告げた。

「明日、建国記念式典がある。そこに私も出席するのだが……そこで私を護衛して欲しい」
「護衛ねぇ……」

 玲はちらりと玉藻を見るが、彼女は好きにすればいい、という顔だ。

「まあ、暇だし、いいわ。どうやって護衛するのよ?」
「うむ。式典に特別ゲストとして出てもらおうと思う。異界……次元世界のことは一般にも広く知られているから、何も問題はない」
「ふーん……」

 興味ない返事をしつつも、玲の頭にはある考えがあった。
 王族の女性と出会えるチャンス、と。
 そもそも、玲のことを少しでも知っているなら、誰も喧嘩を売ろうとは思わない。
 喧嘩を売ると洩れなく管理局や教会、果ては地球の各国政府まで敵に回すことになる上に、玲本人の戦闘能力も非常識なレベルだ。
 策略などで玲を嵌めようとしても、この場には玉藻がいる。
 主の足りない部分を補うのが使い魔、という大原則を彼女は果たすことができる。

 喧嘩を売ってくる相手が可哀想、と玲が思ったところで彼女は重大なことに気がついた。

「あ、料金はもらうから」
「後払いで頼む」

 マルクスの要望に玲はサムズアップ。

「ま、のんびりやりなさいな。私に喧嘩を売るってことは世界を敵に回すことと同義だから、安心しなさい」

 自信たっぷりの表情の玲にマルクスは頼もしさを覚えた。





 







「というわけでお風呂にやってきたのだけども、何やら先客がいる様子」

 玲はそう言いつつ、さりげなく篭に入っているブラの大きさをチェックし、勝ち誇った顔となる。
 その様子に玉藻は溜息一つ。
 そんな彼女はリラックスできると思い、尻尾も耳も丸出しだ。

 アルカディア城から帰ってきた玲と玉藻は宿屋の支配人にいい温泉があると聞かされて、ここまでやってきていた。
 穴場で人が滅多にいない、と支配人が言っていたことから、これは露天風呂でのプレイとか何とか不埒なことを考えていた玲だが、とりあえず彼女の野望は阻止された。

 しかし、全く見ず知らずの女性が狙われるので、根本的な解決策にはなっていない。



「というわけで、女は度胸。無毛で丸見えでいくのだわ」
「ちょっ!」

 目にも止まらぬ速さで衣服を脱ぎ、裸になり、手ぬぐいも持たずに風呂場へと入っていた玲に玉藻は焦った。
 一応、今回の旅行では保護者のような役どころになっている玉藻だ。
 これは見過ごせない。
 彼女もまた大慌てで衣服を脱ぐと、手ぬぐいを自分の分と玲の分も持ち、風呂場へと入った。


 そして、玉藻が目にした光景は……



「ま、負けた……」

 自分を見て、がっくりと項垂れる先客の女性達。

「金色……でかっ……」

 やっぱり自分を見て、鼻血を噴出して倒れる先客の男性。

「ここであったが100年目! 調教してくれるっ!」
「うちの子は任せられないわ……!」
 
 昼間見た女騎士を見つけ、暴走する八神玲とそれを阻もうとする保護者と思われる女性。
 2人に挟まれて悲鳴を上げる女騎士。

「あらあら」

 のんきに笑う昼間会った大男。

「……どーせいちゅうねん」

 思わずはやてみたいな言葉遣いになってしまった玉藻であったが、とりあえず、玉藻式尻尾アタックで主を止めることにした。




「うんうん、そうよ。つまり、女の胸の大きさは単なる要素の一つに過ぎないの。
いわゆる、味とか匂いとかどのくらい汗ばむとか乳輪の大小とかそういったものも重要な要素……それらが複合的に絡み合わないと駄目なのだわ。オンリーワンだもの!」
「ええ、そうです。全くもって同感です。ただ大きいだけでは歳を取ったら垂れるだけ。
いつまでも美しいままに保つのが大事です!」


 何やら盛り上がっている2人を見て、玉藻はこれでもかと溜息を吐いた。
 玲がもう一人……とまではいかないが、それでも色々と普通ではないらしい黒髪の少女、結城真樹菜。
 それが玲と盛り上がっている少女の名前であった。
 幸いにも玲のように品性がなかったり、常識が欠如しているような人物ではないらしい。
 むしろ、真樹菜は玲よりも遥かに知的な印象すら受ける。


 うちの大将も、あのくらいクールであればなぁ、と思わずにはいられない玉藻であった。

 そんな盛り上がっている2人の横で、ハルと名乗った女性が「だから母性って言ってるのにー」とぶー垂れていた。
 先ほどまで真樹菜に感心されていたのだが、玲という自分と似たような考え方の持ち主の登場により、彼女は玲に感化されてしまっていた。



「あなたも苦労してるのねぇ……」

 そんな光景を尻目に、天を仰ぐ玉藻に声を掛けてきたのは臥駿河伽爛。
 一見、ただのオカマさんにしか見えないのだが、その体から滲み出る強者の雰囲気は誤魔化せない。
 自分の主を贔屓しなくても、目の前の男は強い……玉藻にはそう感じられた。

「慣れたよ。悲しいことに……一応、国の一つや二つ、この世から消し飛ばすだけの力はある筈なんだけどなぁ……」

 さり気なく主の自慢を入れてみた玉藻。
 その言葉に食いついたのは目の前の伽爛ではなく、横にいた三十日優人だった。

「……もしかしなくても危険なんじゃないか?」
「気分で殺す……とまではいかないまでも、敵認定されたら拷問して殺される。
異次元の彼方にあるのが彼女の常識」

 そんな玉藻の言葉に背筋に冷たいものが走る彼。
 先ほど、鼻血を噴出して倒れて、ようやく復帰した彼だが、復帰早々よろしくないものを聞いてしまった。
 俺に休めるときはないのか、と割と本気で悩み始める彼を彼らのガイド役のルイが慰める。

「なんか怖い人です……」

 空咲裕里と名乗った女の子のような容姿をした男の子が不安げな声で小さく呟く。
 何をどうなったのか、先ほど、玲と彼の保護者である天城美月の2人が一緒に調教しようぜ、ということになっていた。
 しかしながら、玉藻の尻尾アタックで何とか阻止できたという経緯がある。


「あ、そういえば私の名前を名乗ってなかった」
「? 八神玲、でしょう?」

 先ほど、自己紹介をしたときに玲は確かに名乗っていた。
 そんな真樹菜の疑問に玲はなぜか胸を張る。
 大きな胸が強調されるが、感化された真樹菜は特に嫉妬を抱くようなことはない。
 胸……おっぱいはそれぞれがオンリーワンである、と彼女は妙な悟りを開いてしまった。

「私こそ、全次元世界で抱かれたい女No1、全次元世界で踏まれたい女No1その他諸々のナンバーワンな、八神玲よ。あ、夜天の王もやってるから」

 三十日優人とハルは目を丸くした。
 彼らの世界では八神はやてが夜天の主であったのに。

 そこで優人は最も単純なことに気がついた。

「……なぁ、八神はやてって知ってる?」
「私の妹だわ」

 なぜか知らないが、優人にもハルにも納得ができてしまった。
 理由とか理屈とかでなく、ああそうだろうな、と。

「で、平行世界から来たんでしょう? 平行世界を侵略……もとい、虐げられている労働者を資本主義者から解放する為に行きたいのだけど」
「今、侵略っつったよな!?」
「ノーノー、侵略でない。解放アルヨ。共産党的解放ヨ」

 玉藻は溜息を吐きながら、玲の頭を小突いた。
 ネタなのか本気なのか今一分からなかった。
 たぶん、どっちか判別できるのは双子の妹のはやてくらいなものだろう。

「どうでもいいですけど、そろそろ上がらないとのぼせますよ?」
「そうねぇ……あら、裕里君がぼーっとしてるわよぅ?」

 真樹菜と伽爛の言葉に皆が裕里を見る。
 顔は真っ赤。目は焦点が合っていない。

「おい、早く上がるぞ!」

 優人の声で大慌てで裕里救出大作戦が決行され、一段落してすぐ、真樹菜の下にマクリヌスからの使者がやってきた。
 また、時間も遅いので、奇妙な邂逅はこれでお開きとなった。







 










 夜も更けた頃、マクリヌスの部屋には怒声が響いていた。

「どうするつもりだ!」

 ばん、とマクリヌスは両手で机を叩いた。
 彼の目の前には10歳半ばの黒髪の少女がいる。

「それほどまでに危険な相手とは思えないのですけど……」

 彼女の名前は結城真樹菜。
 見た目はただの少女だが、その筋では非常に有名な人物であった。
 もっとも、ここにいる彼女は平行世界からやってきた真樹菜であるのだが。
 そんな彼女は温泉から出たところで、マクリヌスの使者からすぐに来るように、と言われた口だ。
 せっかく、温泉で話の分かる少女と出会え、良い気分であったのに台無しであった。

「わかってない! 彼女に何かあると管理局がやってくるのだ!」
「はぁ……」

 真樹菜は曖昧な返事をしつつ、この世界の真樹菜と連絡を取り、情報を仕入れねば、と思うと同時にこうも思った。
 どうやら自分がいた世界にはいなかった、とんでもない輩がこの世界にはいるらしい。

 事の発端はマクリヌスが次元世界で最も怖い少女がマルクスと会談する、という情報を仕入れたことだ。
 そして、昼間に自分の目で確認して、もしかしたらその少女がマルクスの護衛につくかもしれない、と思い、真樹菜に使者を出した……それが、彼女がこんな時間に


「おまけに彼女は聖王の母親だ。当然、彼女に何かあれば聖王も出てくる……」
「……失敗すると決まったわけでもありません」

 必要以上に恐れているように感じた真樹菜が紡いだ言葉にマクリヌスは首を左右に振る。

「私自身も、伝手を通じて次元世界の情報を得ているのだが……」

 真樹菜はその事実に内心驚く。
 電子機器の類は見当たらないので、直接得ているというわけではないだろう。
 もしかしたら、他の次元世界からやってくる旅行者などから話を聞いているのかもしれない。

「彼女に関わると碌なことにならないらしい。教会も管理局も、彼女を取り込もうとして酷いことになったと聞く」
「……それならむしろ、彼女に何かあればどちらの組織も非公式に協力してくれそうですけど」

 真樹菜の言葉にマクリヌスは「詳しいことは知らないが」と前置きして告げる。

「昔、管理局と教会の過激派だか何かが彼女に対して、とんでもないことを仕出かしたそうだ」

 それを聞き、真樹菜にも、だんだん話が見えてきた。
 要するに、管理局も教会も件の彼女には大きな借りがあり、協力せざるを得ないのだ、と。

「……少々時間をください。対策をします。今日中には持ってきますので」
「頼むぞ」
「失礼します」

 挨拶もそこそこに真樹菜は部屋から出た。
 そして、この世界の真樹菜へと連絡をつけるべく、滞在先の宿屋に戻ることにしたのだった。


メンテ
Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.8 )
日時: 2010/06/04 23:46:15
名前: 透水 

 とぅるるるるるるる。

『はい、もしもし。私ですけど』
「ああ、こんばんは、“私”。夜分遅くにごめんなさいね」
『あら、どうされたんですか、“私”?』
「何だか、こっちに面倒臭いのが居るんですけれど――これ、無視しちゃって構わないのかしら?」
『ああ。八神玲、ですね。……放っておいて結構です。どうせ、何も出来やしませんから』
「そう。じゃ、その様に。『プランA』はこのまま継続、『プランB』を次の段階に移行するとしましょう」
『ええ。それでは、宜しくお願いしますね、“私”』
「ええ。任せておいてくださいな、“私”」




「……あら真樹菜ちゃん、お電話終わったの?」
「はい。お待たせしました」

 ぱたんと二つ折りの携帯電話を折り畳み、ぽいとベッドに放り投げて、真樹菜はぐっと大きく伸びをした。警戒心を忘れたかの様な無雑作な所作であったが、逆説、それはこの場に居る者へ彼女が警戒心を抱いていない事の表れと言える。
 尤も、同室の相手が臥駿河伽爛である以上、警戒したところで意味は無く――そもそも真樹菜の思考には、友人を警戒するという発想そのものが無いのだけれど。
 第203管理外世界ヘルダイム有数の大国、アルカディア。その首都となれば国内有数の高級ホテルが幾つも軒を連ねているが、しかしこの日真樹菜と伽爛が宿としたのは、そういった高級ホテルとは比較する事すら愚かしい、客の身元も風体も一切問わない、犯罪者やお尋ね者御用達の最底辺な木賃宿。硬くかび臭いマットレスや、隣室の会話も丸聞こえな薄い壁など、料金に見合ってお粗末な設備の一室が、この世界における結城真樹菜の拠点であった。
 勿論、路銀に困っているからこの程度の宿にしか泊まれなかった訳では無い。真樹菜は意図的にこの宿を選んでいる。いや、意図的と言うと語弊が生じるだろう。ただ単に、常から一流を謳われる種々のサービスを提供され、些かそれに飽きが来ている彼女としては、こうした木賃宿の方が性に合っているというだけの事。言ってしまえば道楽の一環である――無闇に金をばら撒く事、散財する事をステータスと捉える思考からは、真樹菜も伽爛も無縁だった。
 
「で? どーすんの、真樹菜ちゃん?」
「どう――とは?」
「ほら、何だっけ……レレレの玲ちゃん? が王様の護衛に付いたんでしょう? お仕事、やり辛くなっちゃったんじゃない?」
「本人が聞いたら怒りそうな渾名ですわね」

 伽爛の問いには直接答えず、寧ろ狙って話を逸らそうとしているかの様な調子で、真樹菜はどうでも良い方向へと話題を転換する。
 尤も、本人が聞いたら怒りそう、というのも確かだった――憚り無く王様を自称する彼女にしてみれば、臆面も無く己を『格好良い』と言い切る彼女にしてみれば、かなり侮辱的な渾名であろう事は想像に難くない。ほうき持ったおっさんか、もしくは前髪で片目隠した妖怪少年を連想させる渾名である。
 とは言え。本気で話を逸らすつもりも無かったのだろう、水差しからコップに水を注ぎ、くいと一気に飲み干してから、真樹菜は先の問いに対する回答を口にした。

「別に、やり辛いって程でもありませんよ。面倒が増えただけの事です。……まあ、ここで褒めるべきは、彼女を引っ張り込んだマルクス王なんでしょうけど――裏を返せば、それ、盛大な失策でもあるんですよね」

 くすくすと笑いながら、真樹菜は言う。 
 そう。アルカディア国王、マルクス=オベリウス。彼は重大なミスを犯した。そうと知らないままに、致命的な失策を犯してしまった。
 彼の失敗はただ一つ、舞台上に八神玲を引っ張り上げた事。薬というものは処方を間違えれば毒となる、とは往々にして言われる事であるが、その謂に則って言えば、彼は劇薬を自ら毒薬として呷ってしまったのだ。
 そも、薬というものは、それが良薬にしろ劇薬にしろ、必要だから投与されるものである。逆説、それは必要な薬を必要なだけ投与する事が求められるという意味で、マルクスは明らかに薬の選別を間違えた。癌患者に湿布を貼るもさながらに。

「確かに、マクリヌス大公殿下は国家の癌でしょう――けれど、それの摘出はお医者様のお仕事。八神玲の様な、喧嘩屋の出番じゃありません」
 
 喧嘩屋。……勿論、某明治剣客浪漫譚に登場する斬馬刀使いの事では無い。
 真樹菜の口にしたそれは明らかに蔑称であったが、しかし残念な事に、八神玲を表す言葉として、そう間違ったものでも無い。
 つい先刻、マクリヌスに呼び出され、真樹菜はそこで初めて八神玲の存在を知らされた。対策を講じる、という名目で宿に戻り、すぐさま情報収集に取り掛かったのだが、ごく浅い階層に転がっている情報だけでも、八神玲を知るには充分だった。
 と言ってもネットワークに類する技術の無いヘルダイム、実際に情報収集を行ったのは、ミッドチルダに在住する真樹菜の“友人”であるのだが。
 集まった情報を勘案し、念の為にこの世界の自分にも確認をとって、真樹菜は判断した。『恐れる必要無し』、と。
 
「恐れる必要無し――か。随分な大口ねえ、真樹菜ちゃん。あの娘、割と強いわよう?」
「そうでしょうね。けれど、だから恐れる必要が無い。あれは直接的な暴力にしか対処出来ないんですよ――私にしてみればお風呂で一緒になったお姉さま、確かハルさんでしたか、彼女や……そうですね、天城美月さんの方が、まだ恐ろしい」 

 今回の一件においても――これは結城真樹菜も、勿論、臥駿河伽爛も知らない事であったが――八神玲は、こう言っていたのだ。
 『私に喧嘩を売るってことは世界を敵に回すことと同義だから、安心しなさい』と。
 誰の敵にもならず、誰にも喧嘩を売る事の無い真樹菜にしてみれば、それは何の脅威でも無い。


 そもそも。
 今回の仕事に関する限り、八神玲と結城真樹菜が衝突する可能性は、万に一つも無いのだけれど――


「で。どうすんの? 今日中に対策を考えます、って啖呵切っちゃったんでしょ? アタシらはともかく、こっちじゃ玲ちゃんの名前はそれなりのブランドみたいだし。『八神玲なんか怖くありません!』じゃ、さすがに納得して貰えないと思うケド」
「そうなんですよね――そこなんですよね。適当にでっち上げるにしても、それなりに説得力が欲しいですし……うーん」

 腕を組んで椅子にもたれ、真樹菜は天井を見上げる。雨漏りの跡だろうか、黒々とした染みが到るところに窺える天井。今にも崩落しかねない、大して強風でも無いのにぎしぎしと奇妙な軋音を奏でるそれを見上げながら、不意にぽん、と真樹菜は手を打った。

「そうだ。――そうですね、そうしましょう」

 明らかに独り言である。聞かれる事など端から考慮していないその言葉に「うん?」と伽爛が怪訝な顔をするも、それに頓着せず、真樹菜は先程放り投げた電話を取り上げて、何処かに連絡を取り始めた。





 次元世界旅行記
 第八話/人を呪わば穴二つ






 アルカディア大公マクリヌス=オベリウスの人格、パーソナリティの面において、アルカディア国民の一般的な評価とは裏腹に、実のところ結城真樹菜はそれほど悪印象を抱いていない。
 真樹菜に犯罪計画の立案を依頼してくる人間というのは、誰も彼も似た様なものだ。犯罪という社会倫理に反する行為を赤の他人に依頼してくる以上、依頼者の傾向が概ね似通ってくるのは自然な流れと言えるが、今回の依頼人であるマクリヌスもまた、その例外では無い。
 名誉欲、権力欲。自己の欲望の為に、己の実弟を殺そうとする。以前に真樹菜が口にした通り、彼女に依頼する理由としてはけだし平凡である。これまでにも幾度と無く真樹菜は同様の依頼を受け、それを全て完遂させてきた。結果として幾つもの国家や組織、企業が滅び、数万数十万数百万の人間が塗炭の苦しみを味わう事となったのだが、それはこの場においては余談である故に割愛する。
 つまるところ、結城真樹菜は人間を愛しているのだ。醜く愚かでおぞましい、人間生物の在り方、その何もかもを許容している。人間の善いところも醜いところも一絡げに『是』とするそのメンタルは、膨大な矛盾を飲み込んだ上で成立している。であるならば、肉親殺しが厭うに値する筈も無く。
 さておき、真樹菜にとってはマクリヌスも、これまでに見てきた依頼人と大差無く――その扱い方、その処方は十全に知悉している。想定外の要素に狼狽する相手を宥める術、賺す口車は、ある意味で真樹菜の十八番であるのだ。

「ふん。それが貴様の言っていた『対抗存在』か?」
「ええ。こう見えて腕っこきですのよ――詳細はこちらの資料に。殿下にも納得頂ける実績の辣腕魔導師で御座います」

 じろりと真樹菜――そして、真樹菜の隣席に座る青年を一瞥し、マクリヌスは引っ手繰る様に真樹菜の差し出した資料を受け取った。
 眉間に寄っていた皺が、資料を読み進めていく内に薄れていくのが見て取れる。険しい表情はやがて満足気なそれへと変わり、顎に手を当て何度か頷いてから、マクリヌスは資料を卓へと放って、にやりと厭らしい笑みを真樹菜達へと向けてきた。
 精一杯大物ぶった、いかにも含むところありますと言わんばかりの笑みだったが、生憎とそれに威圧感が伴っていない。この男の矮小さを散々目にしてきた真樹菜にしてみれば、それは虚勢以外の何物でも無く、寧ろ滑稽ですらあった。

「成程。この経歴ならば是非も無い――いいだろう。使ってやる。あの『カルナバル』の下手人というのなら、八神玲の足止め程度にはなるだろう」

 真樹菜がマクリヌスへと渡した書類は、端的に言うのなら、真樹菜の隣に座る青年の“履歴書”である。
 名前。技能。そして経歴。こと経歴に関しては驚愕すべき単語が幾つも並んでいた。管理世界、管理外世界問わず、次元世界の概念を知る者ならおよそ知らない者は無いと言われる重大事件の名。どれも一歩間違えば複数の次元世界を容赦無く巻き込む大戦争の火種となり得る事件である。
 ただしそのどれもが既に解決しており、結果から見れば奇跡的にそれらは戦争の火種たり得なかった訳だが、その惨劇に続く何事かが起こらなかったが故に、より明確により痛切に、世界滅亡の崖っぷちを覗き込んだという実感を人々に与えている。
 『聖王教会中央教堂集団斬首事件』。
 『カルナログの爆弾魔事件』。
 『アルザス大虐殺』。
 『キリーク軌道拘置所殺戮展示会』。
 そして中でも最も有名な『クラナガン・バイラス・カルナバル』。
 これらはどれも、結城真樹菜のプロデュースによるものだ。魔導犯罪コーディネーター、『終焉装置(デウス=エクス)』の悪名を“その筋”に一気に広めた五つの惨劇。直接的な被害者は単純計算で二千万を超え、間接的に被害に遭った者――これは被害に遭ったという自覚の有る無しに関わらず――を含めれば、その数は億に達すると言われている。
 そして。計画立案者が真樹菜であるのならば、今、彼女の横に座している青年こそが、その実行犯。
 闇の如き漆黒と、血の様な真紅に塗り分けられたバリアジャケット。薄く光を反射して煌く白銀の髪。赤く輝く右の瞳、反して青く輝く左の瞳。もう見ていて居た堪れなくなるほどに痛々しいセンスの外見――付言するなら、痛々しいのは外見だけでは無く、中身もまたその通りであるのだが。
 彼の名はスペリオル=“ブラックウィンド”=サーティ――結城真樹菜が『八神玲に対抗出来る存在』としてマクリヌスの前に連れてきた男であった。

「スペリオルといったか。貴様の仕事は八神玲の足止めだ、解ってるな。あの目障りな小娘を儂の前から遠ざけておけ」
「……ああ。俺に任せておけば良い――あんたは壇上でぼけっとしてるだけで充分だ。俺の邪魔にならないよう、精々大人しくしていろ」

 依頼人を前にあまりに尊大過ぎるスペリオルの態度に、マクリヌスがこめかみに青筋を浮き立たせる。が、ここで激したところで得は無いと思ったのか、或いは先の笑み同様に大物ぶってみせるつもりなのか、顔を引き攣らせながらも引き下がった。

「ふ、ふん。さすがは『闇夜の冥騎士』といったところか。期待しているぞ」
「『闇夜の冥騎士』……フッ、忘れたな――そんな名前は」

 くすっ。
 何かに耐えきれなくなったかの様に、真樹菜が笑い声を漏らした。





◆     ◆





「あの手の依頼者ってのは大概、脅威を大仰に捉えがちなんですよね――小心者が故の、ちょっと捻くれた被害者意識とでも言うんですか。計画の邪魔になる“可能性がある”ものを実際より遥かに危険なものとして認識してしまう。加えて、まあこれに関しては今回のケースに限った事では無いんですけど、物事に万全を期そうとする。解らなくも無いんですけれどね。何せ失敗すれば自分は犯罪者になる訳ですから。だから大概の場合、先手を打ってその危険性を排除しようと考えるんですが、それが却って逆効果になる事も少なくない訳です。藪を突いて蛇を出す、なんて良く言われる事ですけど、まさしくその典型ですね。そもそも私の計画――ああ、今回は私じゃなくて“私”の計画なんですけれど――はイレギュラーの発生を念頭に置いて組み上げられています。標的が護衛を雇うというシチュエーションも、勿論想定の上で。……愚かしいこと。今回の計画を計画通りに遂行するなら、護衛が誰であっても、近付く前に標的は死んでいるというのに。

 ふふ。話が逸れましたね――つまるところ、彼等が万全を期そうとして手を打つほど、それは却って計画の障害となる。逆説矛盾、とでも言うんでしょうか。しかし問題は、これが慎重であるが故の事では無く、臆病怯懦の類から発する事であるという点なんです。慎重であるというだけなら不安要素を取り除いてやれば良い。が、臆病者は目の前の不安が消えても次の不安を見つけてくる。切りが無いんですよ。そうやって不安要素の排除を目的に計画へ手を入れていった結果は、当然ながら計画そのものの破綻です。まあ、お約束と言えばお約束ですね。

 さて。ここからが本題――何故、貴方にそんな格好をしてもらったか。まあここまで話せば概ね想像も付くとは思いますけれど。

 解答としては割と単純なものなんですよ。つまり、『不安要素の解決を保証する』というだけです。今回の案件における八神玲は、あくまでマクリヌス大公殿下の不安要素であって、計画の障害では無い。ならばあの方が余計な事をする前に、私の方で『問題の解決』を演出しようというだけの事なんです。私の方で問題を解決してしまえば、マクリヌス殿下は支障無く計画の準備を整えられますからね。本来、私の仕事は計画の立案だけなんですけど……ふふ、この辺はサービスという事で。

 勿論、そうある以上は、マクリヌス殿下に信用して頂く必要がある訳です。自分が手を出さなくても、こいつに任せれば充分だ、とね。そこで役に立つのが私の経歴。まあ厳密にはこの世界の“私”のものですし、私が言うとある意味自画自賛なんですが、『カルナバル』を初めとした諸々の事件は割と有名でしてね。尤も管理局による情報規制が有効である以上、八神玲の知名度には敵わない訳ですが。そもそも『事件』と『個人』の知名度を比較しても意味が無いんですけど。ま、それはさておき、『カルナバル』の“実行犯”となれば、それはちょっとしたステータスとも言えるんです。何せ一万人からの人間を一時間で殺し尽くしている訳ですから、くどくど説明しなくても腕利きと解って頂けます。……言うまでもなく嘘八百のでっち上げですけれど。そもそもあの事件、実行犯なんか居ないんですから。とりあえず大公殿下を騙す事が第一義な訳ですから、結構大仰に脚色してもいますし。まあ正直、ああも簡単に騙されてくれるとは思いませんでしたから、ちょっと拍子抜けでしたけどね。

 以上、長々と説明した訳ですが、これが解答――貴方にそんな格好をしてもらった理由です。何か質問は?」

 そう言って、真樹菜は“でっち上げ”の資料――先程、マクリヌスに手渡したそれと同じもの――を収めた封筒で、ぺんとテーブルを叩いてみせた。 
 城下街の一角が港となっている事からも判る通り、アルカディア近海は水産資源が豊富である。必然、豊富な海の幸を使った料理が発達し、大衆的な料理から高級感溢れる料理まで、種々様々な海鮮料理がアルカディアの食文化の特徴だ。この世界では『海鮮と言えばアルカディア』という認識があると言っても過言では無く、先日王城に招かれた八神玲に振舞われたのも海鮮料理が主であるあたり、国としてもそれを自国の売りとしているのが窺える。
 アルカディアの城下街に出店している飲食店の傾向として、港から離れる程――街を囲む城壁の正門に近い程―― 一般的にレストランと言われる格調高い店が多く、港に近い程屋台や酒場といった雑多な雰囲気の店が多い。
 そんな如何にも酒場と言った趣の店、その一席で、今、結城真樹菜とスペリオル=“ブラックウィンド”=サーティが向かい合っていた。
 いや。それは正しくない……決して間違ってはいないが、決して正しくは無い。何しろ『スペリオル=“ブラックウィンド”=サーティ』なる人物は存在しないのだ。偽名どころか経歴・能力・身体的特徴と、一から十まで徹頭徹尾、偽者であって紛い物である。

「別に……どんな理由だろうと、俺には関係無い。俺はただ、自分の目的の為にお前を利用しているだけだ……」
「いや、もうそのキャラの出番は終わってますし、素に戻っていただいて良いのですけれど――伽爛さん」
「あらそう? うふん、これはこれで気に入ってるんだけどねえ」

 真樹菜の前に座る男が、ころりと声音を変えて言う。透き通る様だった声は一瞬にして野太い地声を裏返した、耳障りの悪いそれへと形を変えた。
 そう。『スペリオル=“ブラックウィンド”=サーティ』は実在しない。真樹菜の目の前に居るのは、変身魔法で姿を変えた臥駿河伽爛その人である。元戦技教導隊所属の教導官、攻撃・戦闘用以外の魔法にも精通しているし、変身魔法とて造作も無い。
 勿論、マクリヌスに説明した、真樹菜の起こした様々な事件の『実行犯』という言も、真っ赤な嘘である。
 マクリヌスの邸宅を辞し、その足でアルカディア観光を再開した真樹菜と伽爛であるが、伽爛は変身魔法を解除する事無くそのままの姿で通している。本人の言う通り、割と気に入っているのだろう。正直、目を背けたくなる程に痛々しいセンスの姿格好であり、それと連れ立って歩くのは些か度胸が要るのだが、考えてみれば筋肉の塊な巨漢オカマと同道するのも大差無いと、ここまで真樹菜はそれに関して触れなかった。
 しかし。何というか、さすがに限界。
 「――けれど」と、嘆息混じりに真樹菜がそう切り出した。

「伽爛さん……それ、その格好、何とかならなかったんですか? 銀髪とかオッドアイとか、大公殿下に対するあの喋り方とか、あとミドルネームの『ブラックウィンド』とか二つ名の『闇夜の冥騎士』とか。どこから見ても痛い厨二オリ主じゃありませんか。変身してくれとお願いしたのは私ですし、直す暇が無かったから資料もそのままの名前で出しちゃいましたけど、正直、すっごい恥ずかしかったんですよ」
「えー? 何で? カッコいいじゃないの、このセンスがわかんないかしらねえ」
「そのセンスはとっくの昔に卒業しました」
「あらそう。てゆーかさ、それ言うなら真樹菜ちゃんの『終焉装置(デウス=エクス)』ってのも大概だと思うんだけど」
「こ、これは別に、私が自分で付けた名前じゃありませんから。――それはそうと、これはただの疑問なんですが。何でベースがその人なんです?」

 マクリヌスの屋敷に赴くにあたり、真樹菜は『八神玲に対抗出来る存在』を同伴した訳だが、実際その姿形、異名やミドルネームを含む名前など、キャラ造形の一切を伽爛に一任……いや、丸投げしている。真樹菜が伽爛に頼んだのは、『強そうに見える男』に変身してくれと、それだけだ。まさかこんな厨二病まっしぐらのキャラクターでやってくるとは思ってもみなかった。
 加えて、変身のベースにした人物が、真樹菜の感覚からすればやや不可解だった――変身魔法である以上、その姿は個人のイメージに左右される。そしてイメージというものは零からは作り出せない。既存の何かを手本として、そこにアレンジを加えていくのが一般的だ。今回、伽爛が使った変身魔法もまたその通りで、別個に存在している人物の姿をベースとしているのだが、その選択の基準、何故その男を選んだのかが、真樹菜には解らない。

「ん? んふふ、いや別に深い意味は無いのよ。最近見かけたイイ男だったから、つい頭に残ってて。それをアタシ好みにアレンジしたらこーなったってゆーか。――いいじゃないの、別に著作権がある訳じゃないんだし」
「著作権はありませんけど、名誉毀損には当たると思いますけどね。三十日さんに訴えられても文句は言えませんよ、それ」

 そう。『スペリオル=“ブラックウィンド”=サーティ』――名前からして既に明らかだ。それは先日、とある露天風呂で関わった“異世界人”、三十日優人の姿を模し、それを改悪した姿である。
 銀髪。オッドアイ。目を惹くその特徴を排除し、黒髪黒目へと差し替えてみれば、ほら、それは三十日優人の姿と何ら変わりない。加えて言うなら、黒と赤を基調とし、全体的に禍々しい意匠を凝らしたそのバリアジャケットも、白と蒼を基調とした三十日優人のそれと対極の色彩である。まあ、バリアジャケットに関してはオリジナルにも黒と蒼を基調とした形態が存在するので、問題は色彩では無く配色の方であるのだが。
 三十日優人自身は己のバリアジャケットを指して『痛いコスプレ』と評しているが、世の中上には上が居ると言う事だろう。いや、この場合、下には下が居ると言うべきか。
 また、名前も名前である。『“優”人/スペリオル』に『“三十”日/サーティ』。そして異名の『闇夜の冥騎士』。無闇に横文字にしたり難しい漢字を使ったり、黒とか夜とか冥府とか刹那とかいう言葉を好んで使うするのが厨二病のお約束であるが、そのお約束をまったく外していない。
 改悪――まさに改悪だ。一人の人間をここまで厨二病臭いキャラクターとして改変する行いを、およそポジティブな言葉で修飾出来る筈が無い。真樹菜が呆れるのも当然で、名誉毀損という言葉はまったく道理で、成程訴えられても文句は言えまい。寧ろ作者の透水が一条空氏に怒られても文句は言えない。それくらい、伽爛の姿は嫌がらせ染みて最悪だった。
 
(――この一件で、オリジナルの三十日優人さんに迷惑がかからないと良いのですけど)

 そう思う真樹菜だったが、実際、それはあまりに今更で、しかも真樹菜はその“迷惑”を仕組んだ側なのだから、図々しいにも程がある思考と言えた。

「まったく……頼んだ私が言うのも何ですけど。せめて名前は『ザ・ブラック★優人』くらいにしておいた方が良かったんじゃありません?」
「……真樹菜ちゃん、それマジで言ってる? だとしたらアタシとしては同情を禁じえないんだけど」

 結城真樹菜。
 ネーミングセンスが残念な少女である。
 と、やおら伽爛が席を立つ。ちょっとお手洗いに行ってくるわ、と言い残し、彼は離れていった。
 一人残された真樹菜は木製のグラスに注がれたエールを呷ると(未成年なのはこの際無視)、ふうと一つ息を吐いた。そのまま机に頬杖をついて、現在の状況を改めて確認する。
 『プランA』は順調――八神玲の介入という誤差はあるものの、当初の予定通りに所定を完結出来そうな雰囲気だ。問題はあと一日強の間に、マクリヌスが余計な事を仕出かさないかどうか、という程度。
 反して『プランB』、真樹菜にとっては寧ろ本命と言えるこちらは――

「はーい、こちらがアルカディア城下街の中でも知る人ぞ知る名店、『プリティ&キュアキュア』でございまーす!」
「へえ。いかにもRPGとかファンタジーに出て来る酒場って感じだな。名前以外は」
「そうですね、見事にイメージ通りです。名前以外は。……おや? マスター、あれは――」
「ん? あ。えっと、真樹菜さん?」

 ちなみに。
 伽爛は先述した様に痛い意匠のバリアジャケットを纏っていた訳だが、真樹菜はと言えば仕事の際に着用するスーツのままだ。十六歳の少女が着るには些か大人びているスーツだが、幸い、服に着られていると言う程似合わない訳でも無く、童顔な女性と言えば通る程度の雰囲気に落ち着いている。
 問題は、それが些かTPOにそぐっていない事。王城ならともかく、むくつけき荒くれ者どもが騒ぎ立てる大衆酒場においては明らかに浮きまくっているのだ。観光でこの国を訪れたのならばともかく、真樹菜は仕事で来ている訳だから、スーツのままで通している。所詮は余所者、現地の衣装を纏ったところでどうしても違和感は残る、真樹菜はその違和感があまり好みでは無い。まだスーツ姿の方がマシと考えてしまう。
 別段、それに不都合も無く――つまりここで言う『問題』とは、場にそぐわないその姿が、酒場に這入ってきた人間の目を惹いてしまう事。

「――あら、お姉さま? それと、優人さんに、ルイさん――」

 しまった、という内心を一瞬で奥底に押し込め、さも今気付いたかの様な顔をして、真樹菜は近付いてくる客に笑みを向ける。
 正直、先日の露天風呂の一件から青年の方には少しばかり気まずい印象がある。何せ真っ裸を見られたのだ、年頃の娘としては良いイメージを抱ける筈も無い。まあ見られたと言うと少しばかり語弊がある、実際は真樹菜が自ら裸体を晒した様なものだから、悪印象を抱く事自体お門違いとも言えるのだが。
 それに、そう、裸を見られたという事よりも、今の真樹菜には、ある種の後ろめたさが先に立つのだ。
 真樹菜自身が積極的にそうした訳では無いにしろ、彼の姿形を勝手に借用し――あまつさえ、それを見る影も無く改悪してしまったのだから。

「お一人ですか? 伽爛さん、見えませんけど」
「え、ええと――ちょっと外しておりまして。それよりも、皆さんはどうしてこちらに?」
「今日はアルカディアの街を色々見て回ってるんです! 有名な観光名所は昨日までで大体回っちゃったので、今日はちょっと穴場なスポットを案内してるのですよ!」

 胸を張ってそう応えるガイドナビの少女。

「この国、変わった名所が多いんですね――血の色をした水が落ちる滝とか、モノクロの虹が見える山とか、面白いところが一杯でした」

 静かな、けれど確かに喜悦の感情を含んだ微笑を浮かべる女性。
 
「……『死亡遊戯』のブルース・リーみたいな格好した地蔵とか、『サタデー・ナイト・フィーバー』のトラボルタみたいなポーズした大仏とか、訳の解らないものも多かったけどな」

 先日の一件をまだ憶えているのか(出来る事なら今すぐ忘れてほしい)、やや顔を赤らめながら、どこかぶっきらぼうに言う青年。
 何だかんだと言いつつも休暇を満喫している、観光を心底楽しんでいると知れる彼等の姿に、真樹菜がふと懊悩を忘れ――

「ごっめーん、お待たせー。て、あら? あらあら? どこかで見た顔がいっぱいねえ」

 ――見事なまでに最悪のタイミングで戻ってきた、黒くて痛い姿の親友によって思い出す。

「ゆ、優人さん!? いつの間にそんな真っ黒に!? しかも銀髪とオッドアイって! いつから厨二病キャラにクラスチェンジしたですか!?」
「いやルイちゃん、俺こっち! つーかあんた誰!? 俺の姿で――いやそれ俺じゃないけど、何してんの!?」
「ユニゾンしたらこんな感じですけど……いやごめんなさい、やっぱりこれは無いと思います」
「だよな! 俺、ここまで痛いカッコしてないよな!?」

 ――ああもう、言わんこっちゃない。
 ささやかながらも割と深刻な混乱状態に陥った彼等を横目に、真樹菜は再びエールを呷った。
 ぶっちゃけ、現実逃避だった。





◆     ◆
メンテ
Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.9 )
日時: 2010/06/04 23:49:22
名前: 透水 

『――へえ。じゃあ、優人ちゃん達も明日の建国式典見て行くんだ』
『はい。明後日の夕方には自動転送機能が働くので、最後にそれ見ていこうと思って』
『アルカディアで一年に一度行われる、この国最大のお祭りなのですよ。朝からパレードが行われて、王城前の大広場で王様からの訓示を頂いて、後は国中で飲んだり食べたりの大宴会です。今回この世界にユウトさんとハルさんをご招待したのは、このお祭りを体験してほしかったからなんですよ!』
『……この世界に来たのは、ランダムワープの結果とか言ってなかったか?』

 あれやこれやですったもんだにかくかくしかじかの末、そんなやりとりが交わされて――そして、翌日。
 その日、アルカディアの首都、王城を中心とした城塞都市は、朝からお祭りムード一色だった。いや厳密に言えばそういった雰囲気は前日の夜から感じられ、火のついた導火線を眺めている様な緊張感に満たされていたのだが、日が昇ると同時にそれが一斉に解き放たれたのだ。
 年に一度の祭典だ、国民誰もがこの日を待ちわびていた。商店の大半は営業を停止し、店の前に酒を並べ料理を並べ、道行く人々と飲み食らい笑いあう。さすがに宿屋などの宿泊施設はそうもいかないが、どの店も程度や規模に差はあれ、今日に合わせたサービスを提供していた。八神玲が宿泊する高級ホテル『カモメと共に』も、結城真樹菜が宿泊する木賃宿も、それぞれ例外で無く。
 付言するならば、この日は天候にも恵まれた――抜ける様な快晴と、降り注ぐ陽光は一層国民の気分を高揚させ、気温こそそう高くないものの、祭りの雰囲気に蒸し上げられた街は真夏日もさながらの熱気に包まれていた。
 
「うふふ。いいわねえすごいわねえ、やっぱお祭りはこうでなくっちゃねえ。来て良かったわあ」

 城下街のメインストリートを練り歩いていくパレードを眺めながら、串焼きの肉を豪快に食い千切りつつ、伽爛が呟く。
 
「ええ――この雑然として猥雑な空気。これこそ祭りの醍醐味ですわね」

 歓声を上げてパレードに並走する子供達を見遣りながら、紙コップの中のジュースを一息に飲み干して、真樹菜が呟く。
 アルカディアにおいては数少ない高層ビル(と言っても、精々五階建てのビルディングなのだが)の屋上から眼下の狂騒を寧ろ微笑ましく見下ろして、彼等は部外者らしい慎ましさを保ったまま、その癖妙に態度はでかく存在感は色濃く、どうにも風景に馴染まないまま、祭典の一部として参画していた。
 いや。馴染まないのは寧ろ当然。彼女達はこの世界における部外者である以前に、人間生物の範疇においてもまた――
 つまらない思考を打ち切り、真樹菜はふと傍らの伽爛を見遣って、さして興味も無さそうに訊ねた。 

「ところで伽爛さん。それ、何ですの?」
「うん? ああコレ? あれ、昨日説明しなかったっけ。裕里ちゃんからの預かり物なんだケド」

 応える伽爛の頭上には卵が一つ。頭上、というと『頭の上の空間』という意味合いが強いが、今回はまさしく文字通り、伽爛の頭の上、頭頂部に乗っかっている。
 また卵とは言うものの、鶏卵の数十倍、いっそバスケットボール程度の大きさがあるそれは、傍から見ても尋常の生物のものでは無い。恐らくはこの世界、ヘルダイムに固有の大型生物のものだろう。サイズに見合って相当な重量と思しきその卵を、何故か伽爛は今朝から頭に載せたまま動き回っている。その巨体、その外見にそぐわぬ、驚嘆すべきバランス感覚であった。
 聞けば、それは先日アルカディア郊外の露天風呂に赴いた際、そこで出逢った少年から預かったものだと言う。彼の保護者が勝手に近隣に生息するドラゴンの巣から持ち出したのだが、さすがに親から子供を取り上げるのはかわいそうとの事で、偶々居合わせた伽爛が帰り際にでも巣に戻すと約束し、預かっているのだとか。
 
「……まあ、いいですけど。ドラゴンの卵でもフェニックスの羽でもお好きにどうぞ。――っと、そろそろですね」

 パレードを見下ろす真樹菜の瞳が、丁度彼女達の眼下を通過していく国王マルクス=オベリウスの姿を捉える。王族らしく豪奢な、しかしけばけばしい派手さは無い大型の馬車から、彼は沿道を埋め尽くす国民へと手を振っていた。その姿はこの距離からでも判るほどに溌剌としており、年に一度のこの祭典を、彼もまた楽しみにしていたと窺える。

「ふうん。あれが国王陛下、か……思ったよりイイ男ねえ。もうちょっとくたびれたおじさんかと思ってたんだケド」
「三十代半ばという事ですし。為政者としては今が一番脂の乗った時期なんでしょうね。結婚もせず、ただ民の為に善政を尽くす――私は国家と結婚しました、か。あはは、エリザベス女王みたいですね。本当、死んでしまうには惜しい方です」
「どの口が言うのかしら、魔導犯罪コーディネーターさん?」

 パレードの向かう先は、王城の正門前に存在する大広場。パレードの見物を放棄し、式典をより良い位置で見ようと待機していた国民が、国の主が到着する瞬間を今か今かと待ち侘びている。
 真樹菜と伽爛もパレードに先行して広場に到着。どこかに優人ちゃんとハルちゃんが居るのかしら、と辺りを見回す伽爛とは裏腹に、真樹菜の視線は広場の一角、式典用の特設ステージに向けられていた。

「ん? どうしたの、真樹菜ちゃん? まだステージには誰も居ないみたいだけど。何か変なもんでも見えるの?」
「別に私、霊能力者じゃありません。幽霊も死の線も見えませんよ――いえ、大した事じゃないんですけれど。大公殿下がちゃんと仕込みを済ませたかなあ、って」
「ああ。じゃあ、あそこでやるワケだ。まあ確かに、パレードの途中は逆にやり辛いか」

 パレードには国王を始めとした王族の面々が参加し、勿論八神玲も国王マルクス=オベリウスの護衛として、それに加わっている。
 彼女に限らず、パレードの最中は襲撃を警戒し、付近は厳戒態勢が敷かれていた。パレードの中に衛兵が加わっているのは勿論、沿道を埋め尽くす観衆の中にも不審者を監視するべく私服の兵士が紛れ込んでいる。もし凶行に及ぶ者がいたところですぐさま取り押さえられる事だろう。
 無論、その厳戒態勢はパレードのみならず、式典が行われるここ大広場でも同じ事。参加者には身体検査が義務付けられ、特設ステージと観衆との間にはずらりと衛兵が立ち並んでいる。警備の面で見れば、寧ろパレードの方が遥かに襲撃し易いと言えよう。
 が。元より真樹菜に国王を“襲撃”するつもりは無い。国王はあくまで“事故”で命を落とすのだ。伽爛もそれを解っているからこその、先の発言であった。 

「あ。来た来た、国王様のご到着よ」

 その言葉を受けて、視線を広場入り口に転じれば、丁度パレードの先頭が広場に入ってくるところであった。
 観衆が拍手と歓声で王族を迎え、国王はじめ王族の面々は朗らかな笑顔で手を振り、それに応える。
 やがてパレードは広場のど真ん中で停止、奏でられる荘厳な音楽の中、王族が続々とステージ上へと登壇する。横一列、観衆と向かい合う形で用意された席に彼等が腰を下ろすと同時、音楽は終了した。

「あら。あらあらあら。真樹菜ちゃん、ほら、あそこ。あの一番端に座ってる娘、玲ちゃんじゃない?」
「ええ、見えます――国王陛下の護衛とは聞いていましたが……ああ、成程。来賓として扱ってる訳ですか。そうでなければ壇上に上げられませんものね。『夜天の王』とか名乗ってるみたいですし、まあ、賓客として最低限の格はあるって事でしょう」

 壇上に勢揃いした王族に混じり、八神玲の姿がそこにあるのを認めて、伽爛と真樹菜が言葉を交わす。
 その八神玲はと言えば、上機嫌なのか不機嫌なのか微妙に判別の付かない、微妙な顔をしていた。恐らく、ステージ上で注目を浴びる事に機嫌を良くしているものの、最も注目を浴びる中央では無く端っこに席を用意された事が不愉快なのだろう。
 何ともまあ子供っぽい、とは思うものの、先日聞かされた八神玲の経歴を思い出す限り、ある意味納得の反応とも言える。

『只今より、アルカディア建国221周年記念式典を開始致します――』

 司会進行の男――確か大臣の一人だったか――が式次第に従い、式典を進めていく。
 歓声を上げていた観衆達も、今は私語も無く、粛々と式典に参加していた。式典はあくまでも厳粛に進めるのがしきたりであり、馬鹿騒ぎはその後で良いというのが、国民の間の共通認識であるらしい。故に今会場に響くのは、拡声器代わりに魔法によって音量を増した司会の声と、祝辞を述べる国の重要人物や異国・異世界からの来賓の声だけであった。
 
「……ねえ真樹菜ちゃん。なんか今更っぽいんだけどサ、王様をどうやって殺すワケ? こんな衆人環視のど真ん中でサ」
「あら物騒な。殺しはしませんよ、不幸な事故でお亡くなりになるだけです。まあ種明かししちゃいますと――あれが今回の仕掛けですね」

 そう言って真樹菜が指し示したのは、特設ステージの天幕部分。格子状の骨組みに幕を張っただけの、しかしステージをほぼ丸ごと囲む大型の天幕。華美な装飾を好まない国王の意向か、ともすれば殺風景にも見えかねないステージが、それによって不思議な威圧感を得る事に成功している。
 ともあれ、それを指し示す真樹菜の意図が解らず、頭上にクエスチョンマークを浮かべて、伽爛が首を傾げた。

「この世界、製鉄技術がそれほど発達していないので、あの天井の骨組みは竹に似た植物に樹脂をコーティングして強度を上げたものなんですよ」
「ふうん。まあ、地球とかミッドとかにも似た様なもんはあるわね――ああ、あっちは強化プラスチックか何かだっけ。で、それが?」
「その骨組みをコーティングしている樹脂、ミッド他の管理世界では使用が禁止されてるんです。一定条件下で燃やすと有毒ガスが発生する、って事で。管理外世界が故の情報共有の非徹底ですね。まあそれが判ったのがここ数年の事ですし、まだ使い続けている管理世界もあるんですけど――」
「判った。その樹脂、今回の場合は骨組みかしら、を燃やして王様にガス吸わせようって魂胆ね?」
「オチ先に言われちゃいました。まあ、そんなところです。天幕部分で骨組みの一部が延焼、ガスが発生。延焼と言っても天幕丸ごと燃やす訳では無く、ごく一部の骨組みが少ーし焦げる程度ですが」
「成程。着火と……そっか、延焼範囲の限定に魔法を使うワケだ」

 魔導犯罪コーディネーター、結城真樹菜にとって、魔法はあくまで手段の一つに過ぎない。拳銃や刃物といった武器の一つという認識であり、釘や金槌といった道具の一つという認識である。無ければ別の物で代用するだけの事だ。
 一般的な魔導師の様に――これは三十日優人、空咲裕里、八神玲の三人、そしてそれに関係する人々も含めてだ――『魔法』と『アイデンティティ』が直結する思考を、彼女はまったく理解出来ない。そも、理解しようとすらしていない。それが無ければ己足り得ないという考えは、まず己ありきという結城真樹菜の思想思考とは完全に相反するものだから。
 それでも彼女が魔法を使い、魔導犯罪コーディネーターとして名を馳せているのは、単に魔法が『便利だから』という他に理由は無かった。

「火種は何でも良いんです……王城の窓ガラスに反射した日光が、角度の関係で天幕の一部に集中して火がついたとか。それこそ花火の一部が天幕に燃え移ったとか。幾らでも原因は考えられますからね。で、発生するガスなんですが、具体的な名前は伏せますけど、これ空気より比重が大きいという特徴があるんです」
「つまり、『ガスが頭上から降ってくる』?」
「正解。無味無臭のガスを知らない内にたんまりと吸い込んでしまい、王様以下王族の皆様はあわれ中毒死。偶然、座席位置の関係で吸引量の少なかったマクリヌス大公殿下が幸運にも一命を取り留めるって筋書き、だったんですけど――」

 急に、真樹菜の言葉は歯切れが悪くなった。困った様な呆れた様な、何とも言えぬ微妙な表情で、ステージの上に座る王族の顔を端から見回していく。

「――どうやら、中止になった様です」

 は? と伽爛が素っ頓狂な声を出す。
 折しもステージ上では中央の演台に国王が立ったところ。アルカディア史上最高と謳われる人気、そして支持率を誇る国王の演説に、聴衆が揃って耳を傾ける。
 が。真樹菜と伽爛は、その演説をまるで聴いてはいなかった。真樹菜は元より興味が無く。そして伽爛はと言えば、頭上から降ってきた『ぱきん』という軽い音に気をとられてしまったが故に。

「ん?」
「あら?」

 一拍遅れて、真樹菜もその音に気付いたらしい――そしてそれに更に一拍遅れて、からんと頭上から何かが降ってくる。拾い上げてみるまでも無く、それは伽爛の頭上に載った、龍の卵の殻だった。
 もそりと何かが頭上で蠢く。もそもそごそごそと揺れて蠢き、今にも伽爛の頭上から転がり落ちそう。
 そう、最早考えるまでも無かった。今まさに、臥駿河伽爛の頭上で龍の卵が孵ろうとしているのだ。
 
「やば」

 ずるり――と、ドラゴンの雛(雛、と呼ぶのが適切かどうかはともかく)が殻の中から這い出てくる。生まれたてのそれは翼も爪も無く、まるで蜥蜴と大差無い。爬虫類を嗜好する人間ならば可愛らしいと顔を緩めるのだろうし、実際伽爛もそう変わらない嗜好持ちであるのだが、それでもやはりその雛は蜥蜴では無く竜の幼生であり。可愛らしくはあっても、微笑ましいばかりのイキモノでは無かった。
 ガラスを引っ掻く様な、耳を劈く高音が響く。伽爛の頭上で孵化した雛が、上空へと向けて一つ嘶いたのだ。
 その嘶声の意味を、臥駿河伽爛は知っている。知っているからこそ、思わず声が漏れた。
 
「……伽爛さん? 今の声――」

 胡乱な目つきでじと睨みしてくる真樹菜の声が、不意に響いたどよめきにかき消される。
 加えて言うなら、国王の演説もまた、そのどよめきに中断を余儀なくされた。観衆の視線が壇上の国王から逸れ、彼方の空へと向けられる。
 日は丁度空の中央。陽光を遮るものは雲一つすら無く、澄み渡った蒼穹がどこまでも広がっている――つい先程までは、それだけが全てだった。それだけで、この日の空を全て言い表す事が出来た。
 しかし、今は。

「……ねえちょっと。あんたのパパとママ、いったい何匹いるワケ?」
「親戚一同勢揃いですわね。随分と愛されてるご様子で、羨ましい限りですこと」

 頭上に乗っかる竜の雛に向けて、伽爛が呆れた様にそう零す。
 その言葉に首肯して、真樹菜もまた呆れ顔で呟いた。
 人々の視線が集まる西の空。彼方に聳える山々の向こう側が、ぽつりぽつりとインクを垂らした様に黒い染みに汚されている。染みの数は一つや二つでは無い、十、二十、いやもっと。一秒ごとに数を増やしていくそれは、また一秒ごとにその大きさを増していく。さながらインクが紙に滲んでいくが如く。
 人々がその正体に気付くまで、さして時間はかからない――悲鳴が上がるまでにも、そう時間はかからない。
 それは蝗の如く群れを成して空を埋め尽くす、総数五百は優に超える、ファンタジー作品でお馴染みな飛竜の大群であった。
 まさか雛一羽、いや幼生一匹を取り戻す為に、群れ全体が押し掛けてきたというのだろうか。いやまさかそんな、とは思いつつも、人間とは違うメンタリティを持った生物である事を考えれば、決して不思議な事でも無いのだろうと、真樹菜は半ば無理矢理に自身を納得させる。そう納得してしまえば、騒然とする観衆の中でも、とりあえず事態を客観的に見れる程度の冷静さは保つ事が出来た。
 
「せっかちよねえ。放っといても、今日の夕方には返しに行くのに」
「誘拐犯が同じ事言ってたとして、それ信じます?」
「攫ったのはアタシじゃないんだけど」
「親からすれば同罪でしょうね。と言うか卵預かった時点で共犯ですね」
「このコ返したら、大人しく帰ってくれるかしら」
「私だったら相手に落とし前付けさせるまで帰りませんけど」

 そうよねえ、と伽爛が肩を竦める。
 実際、向かってくる飛竜達は口々に『わたし怒ってます』的な咆哮を轟かせているのだ。雛を渡したところで大人しく回れ右はしてくれるまい。精神がネットワークで繋がっているのか、或いは群れの連帯感によるものか、恐らくは子を攫われた親だけのものであっただろう怒りは、群れ全体に伝播している。単一の感情を共有し、それによって繋がる群れは、最早感情の起点である一匹を排除したところで止まらないだろう。
 であるならば、取り得る処方は一つきり。

「しかたないわねえ。そんじゃ、ちょぉっとアタマ冷やしてあげようかしら」

 雛を頭に載せたまま、たん、と伽爛が地面を蹴る。巨体に見合わぬ優雅な飛翔で、彼は観衆の頭上を跳び越して――特設ステージの背後に聳える王城、その最頂点たる塔の上へと降り立った。
 がんと着地の衝撃に塔の屋根が砕け割れるが、無論、それを気にする伽爛では無い。
 そして。





「どうされますか、マスター?」
「どうもこうも……放ってはおけないだろ。行くぞ、ハル!」
「はい、マスター――!」
「ルイちゃん、ちょっとここに居てくれ。すぐ戻るから!」
「はい! お気をつけて、ユウトさん!」





「マルクス? お願いしますと頭を下げるなら、蹴散らしてきてあげても良いけれど」
「む……う、しかし――」
「この私にかかれば、あの程度の蜥蜴なぞ、百ダースいたところで物の数では無いわ。民衆を避難させる必要も無い、式典を中止する必要も無い、頭一つならお得な取引だと思うけど?」
「……お願いする」





 ふわりと風を纏って、一人の騎士が空に舞う。
 だんと床を蹴って、暴君が一人天へと向かう。

「え?」
「ん?」
「あら?」

 彼等三人の思惑は似ている様でそれぞれ違う。
 一人は純粋に人々を護らんが為に。
 一人は仕事の一環として、或いは相手に恩を売る為に。
 一人は……まあ、この事態を招いた当事者の一人として、その収拾の為に。
 しかし、その為に如何なる処方を用いるのか、そこだけは三人が三人ともに、共通していた――それ故に、同じ処方、同じ結論に辿り着いた者が他に二人も居た事に、驚きを隠せなかった。
 付言するなら、それが全く無関係の、見知らぬ他人で無かった事。友人と言うにはやや弱い、顔見知り程度の知り合いであったのだが、そんな関係の人間であった事も、彼等の驚きの一因であったと言える。

「ま、いいか」
「まあ、いいわ」
「まあ、いいわね」

 結局のところ、彼等は三人とも、他の二人に興味が無かった。動機は違えど同じ目的で此処に居ると解れば、それ以上の考察をあっさりと放棄した。
 手を取り合い協力しようという発想が湧かない。しかし足を引っ張ろうとする気も起きない。ただ視線だけで互いの不可侵を約して、彼等はもう街と目の鼻の先にまで接近していた飛竜の群れに相対する。
 三十日優人。
 八神玲。
 臥駿河伽爛。
 三者三様、揃い踏み。

「ほんじゃま――お楽しみといきましょうか」

 



◆     ◆





「以下、独り言です――実は今回のリレー小説、書き始める前に各作家で申し合わせがあったんですよね。『恋愛禁止』と『戦闘禁止』。まあ『恋愛禁止』ってのは、単に原作キャラとオリキャラの恋愛を禁止するってだけなんですけど。原作キャラと恋愛させようって話だと、どうしても作家同士で『このキャラは俺の主人公と付き合わせる』とか『じゃあこのキャラは俺の主人公の嫁な』って話になるので。それが気持ち悪いから止めてくれって言う人が居たものだから、禁止になったんですよ。
 で。『戦闘禁止』……に関してなんですが、これは単純に、戦闘という要素を入れるとどうしても作品がシリアス志向になってしまうせいなんです。きゃっきゃうふふと笑いながら戦闘は出来ませんものね。何と言ってもタイトルが『次元世界旅行記』、ほのぼのまったりな日常っぽい非日常が売りですから。それに戦闘に到るまでの流れに伏線やら何やらが必要になるので、リレー小説には向かないんじゃないかと。まあwsさんの書かれた第三話や続く第四話で戦闘っぽいものをしてますけど、あれだって戦闘というか喧嘩ですし。とにかく本作においては『戦闘禁止』という事で、今回の戦闘も盛り上げるだけ盛り上げてばっさりカットというお話です」
「メタ発言ご苦労様、真樹菜ちゃん」
「あら、聞いてたんですの?」

 独り言を盗み聞きなんて趣味悪いですわよ、と真樹菜。
 真樹菜ちゃんが勝手にお喋りしたんじゃないの、と伽爛。
 さておき――時刻はそろそろ夕方にさしかかり、西の空に傾いた太陽が少しずつ赤みを増して空に茜色を混じらせ始める時間帯。
 式典は既に終わり、夜を徹しての宴に盛り上がる街とは裏腹に、特設ステージの解体作業が始まっている大広場。広場を埋め尽くしていた観衆も既に街へと帰り、閑散としたその場に一人佇んでステージの解体作業を眺めていた結城真樹菜のところに、臥駿河伽爛が戻ってくる。

「お疲れ様でした。あの雛ちゃんは?」
「ちゃんと親に返してあげたわよ。ちょびっと荒っぽくなっちゃったけどね」

 うふんと笑いながらそう宣う伽爛に、そうですか、と真樹菜は気の無い風に応えた。
 真樹菜の脳裏を過ぎるのは、数時間前に見た光景――まさに鎧袖一触だった。総数五百を超す飛竜の群れが、たった三人の魔導師によって次から次と叩き落とされていく光景に、誰もが言葉を忘れ、目を奪われて立ち竦んだ。
 仔細な描写は割愛するが、それは最早戦闘では無かった。まさに蹂躙としか表現し得ない、現実感の欠片も無い光景であったのだ。
 やがて人々は歓声を上げる。あまりに非現実的な光景に、理性が麻痺したか。或いはこれを祭典の演し物とでも理解したか。三人の魔導師がばったばったと飛竜を薙ぎ倒していく光景は確かに痛快で、成程そう思うのも無理は無く。
 やがて飛竜の全てが撃ち落とされ、アルカディアを囲む城壁の向こうに放り捨てられたのを確認してから、何事も無かったかの様に式典は再開。国王の演説も、その後のプログラムも大過無く終了し、例年よりやや時間こそ遅れたものの、恙無く閉式した。
 夜の宴を始めるべく、街へと戻っていく人々の中、真樹菜は一人この場に残り……やがて、後始末を済ませた伽爛が戻ってきて、現在に至る。
 ちなみにこれは余談であるが、アルカディアに飛来し、伽爛達に叩き落とされた竜の群れであったが、不思議と死んだ竜はいなかった。別段申し合わせた訳でも無かったが、彼等三人は非殺傷設定で魔法を行使。ノックダウンこそ喫したものの、命に関わる怪我を負った竜は無く、『頭を冷やされた』事、また事態の発端となった雛を返還された事で、大人しく住処へと戻っていった。
 事が終わった時、三十日優人、八神玲の二人とも、いつの間にか姿を消していた――三十日優人は変に顔が売れて騒ぎになる事を恐れたが故に、八神玲は暴れた事で充分にストレスを解消したが故に。
 そのどちらも、真樹菜の知るところでは無かったけれど。

「けどさ。ごめんね、真樹菜ちゃん」
「? どうかされましたか? 別に謝られる様な事をされた憶えはありませんが――」
「いやほら。王様の暗殺、結局失敗しちゃったワケじゃない?」

 え? と、今度こそ真樹菜が『意味が解らない』と言わんばかりの間抜け面を晒す。
 その顔を向けられる事こそ予想外。事実、今現在も、国王は生存しているのだ。無事に式典を終え、王城へと戻っていったのだ。式典の最中、事故を装って殺害するという筋書きだったのだから、国王が生存している現状は明らかに計画が失敗している事を意味している。
 それが真実伽爛のせいであるかどうかはともかく、飛竜の襲来が計画の失敗に関与していると考えるのは、別段不自然な事では無いだろう――予想外の事態が起こったからこそ、“事故”を仕掛けるタイミングが狂い、結果計画が失敗したと考えるのは、充分に理が通っている。
 それ故の謝罪であった訳だが、どういう事かそれに、真樹菜は怪訝な顔で応えるのみ。しかしそれも、直にくすくすと笑いを含んだ微苦笑に塗り替えられた。

「いえ、別に失敗は――ああ、そうか。言われてみればそう見えますよね」
「?」
「大丈夫ですよ。私は何も失敗してません。ただ中止になっただけです――それだって、充分に帳尻は合ってますから。伽爛さんが気になさる事ではありませんよ」

 くすくすと笑う真樹菜に首を傾げながらも、しかし伽爛はそれに関して何かを問う事はしなかった。
 別に、真樹菜は秘密主義者という訳では無い。が、自分から言わない事は、訊かれたところで絶対に口にしない女なのだ。
 真樹菜曰く、言葉は呪いである。呪いは時と場所と相手を選別してこそ意味を成す、そのどれかが欠ければ己に跳ね返る。ならば今、この時、思わせぶりな言葉だけで真実に触れようとしないのは、時と場所と相手、そのどれかが満たされていないのだろう。
 それでも。真樹菜は一つだけ、自分の決めた領分から半歩踏み出すと解っていて、一つだけ伽爛に真相を告げた。

「そもそも。今日の式典、マクリヌス大公殿下は出席しておられましたか?」
「…………あれ?」

 言われてみれば――居なかった。
 事故に見せかけ、国王以下王族を皆殺しにするという計画の性質上、そこにはマクリヌスが居なければならないのに。マクリヌスも被害に遭って、その上で“運良く”生き残らなければ、計画は何の意味も持たないというのに。
 
「さ。行きましょう、伽爛さん――明日のお昼には元の世界に戻るんですから、今夜は目一杯アルカディアを堪能しようじゃありませんか」

 そう言って、真樹菜は踵を返し歩き出す。王城に背を向け、城下の街へと向けて歩き出す。ふわりと長い黒髪が風に靡いて、さらさらと流れた。
 その背を一瞬だけ眇め見て、伽爛もまた、その後に続く。やれやれと言わんばかりに頭を掻いて、けれど妙に嬉しそうな笑みを浮かべて。


 いつの間にか、日は完全に没していた。
 向かう先に広がる街からは、夜宴の狂騒が彼女達を迎える様に響いてくる。
 語るべき事はこれにてお終い。
 最後の夜に、結城真樹菜と臥駿河伽爛がどの様にして宴を楽しんだのかは――語る必要の無い事だろう。
 『それはまた、別の話』では無く。
 『語られるべきでは無い話』という事だ。
 




◆     ◆




 
 ・
 ・
 ・
 ?
 

 ここから先はまったくの余談。
 脚本の中には記されぬ、誰も知らない舞台裏。

「マクリヌス=オベリウス、出ろ」

 あえて野暮に時系列を説明すると――これは、アルカディア建国式典から一週間後に当たる。
 この時。いや、正確には式典の前日からであるが、大公マクリヌス=オベリウスは、獄中の人であった。無論、それはマクリヌスに何かしらの思惑があって獄に身を潜めている訳では無く、単に犯罪者として、刑の執行を待つ身として。
 そう。今の彼は犯罪者であった。アルカディアにおいては最重罪、国家への反逆を目論んだ者として投獄されているのである。アルカディアでは国王の暗殺を企てた者は殺人罪では無く国家反逆罪として処罰される。無論罪が重いのは国家反逆罪の方だ。既に裁判も終え、これまでに同様の罪状で逮捕された者達と変わる事無く、彼にもまた死刑判決が下されている。
 式典に出席しなかったのも無理は無い。式典当日の時点で、彼は既に王族としての権利の一切を剥奪されていたのだから。

「う……うう」

 背後に衛兵を従えた看守の言葉に、しかしマクリヌスは青褪めた顔で唸って、首を振るのみ。
 ちっ、と看守は舌打ち一つ。後ろの衛兵に命じ、マクリヌスを房から引きずり出す。
 肉体的には単なる中年男性。魔法の素養も無く、武術の知識も無いマクリヌスに、それに抗う術は無い――後ろ手に手枷を嵌められ、彼は追い立てられる様に、通路の突き当たりにある部屋へと向けて歩かされる。
 その部屋が何の為にあるのか、説明されるまでも無く、彼は理解していた。……この部屋に連れていかれた他の囚人達は、誰一人、戻ってはこなかったから。

「……………………」

 どうして、こんな事になったのか。
 経緯は全て憶えている。だが納得がいかない。何をどう間違えて、自分は今こんな目に遭っているのか、全く納得がいかない。
 あの日――今から八日前、アルカディア建国式典の前日。結城真樹菜と、彼女の連れてきた黒衣の魔導師と顔を合わせ、翌日の計画について最後の打ち合わせを終えて。少女達がマクリヌスの邸宅を後にした直後、武装した兵士達が邸内へとなだれ込んできたのだ。
 隊長と思しき兵士が、一枚の紙切れをマクリヌスに突きつけて言った。国家反逆罪の容疑で、貴方を逮捕すると。是非を問う事も無く彼等はマクリヌスを拘束すると、王国領内に存在する監獄へと連行。形ばかりの裁判によって――正当な手続きに則った裁判であったが、マクリヌスの主観からすればそれは単なる出来レースに過ぎなかった――死刑判決を下し、死刑囚用の独房が並ぶ地下施設へと放り込んだ。
 こうして思い返してみても、まるで現実感が無い。いっそ夢を見ている様だ。これまでの経緯に現実感を覚えないのだから、今、自分の置かれている状況だって現実として認識出来ない。
 だが、それでも。
 通路の突き当たり、ぎぃと音を立てて開かれる錆び付いた鉄扉の向こう側に、絞首台を視認した瞬間――言い様の無い恐怖が、容赦無く彼を打ちのめした。

「上がれ」

 看守に背を押され、絞首台の階段を昇り始める。お約束通りの十三段。木製の階段は一歩踏みしめるごとにぎいぎいと嫌な軋みを立て、それこそが、マクリヌス=オベリウスに残された時間を告げるカウントダウン。
 やがて階段を昇り終えたマクリヌスの首に、荒縄がかけられる。足元の床には矩形の線。この線に沿って床が外された時、マクリヌスの命運は尽きるのだ。死刑囚の身になって初めて解る、こんな簡単な仕掛けに命を奪われる残酷さが。
 がたがたと足が震える。膝が笑う、腰が砕ける。立っているのも覚束ない、いっそ早々に殺してくれ、この恐怖を止めてくれ。目前の死に対する恐怖で凍りつく思考、その隅で、マクリヌスがそんな事を考え始めた時。
 ごと、と処刑場入口に待機していた看守が、己の足元に何かを置いた。――アルカディア、いやヘルダイムの文明圏では未だその基礎概念すら開発されていない、ある意味でこの世界におけるオーパーツとでも言うべきそれは、古ぼけたテープレコーダーだった。ミッドはおろか地球においても明らかに世紀を跨いだ年代物、西暦にして1980年代初頭の品と思しきそれのスイッチを入れ、看守は直立不動の態勢でそこに待機する。
 やがて、ひび割れた音がスピーカーから漏れ出した。さして大きな音量でも無いが、四囲を石造りの壁に囲まれた部屋は音を反響させ、不思議な残響を伴ってマクリヌスの耳にまで届かせる。

『ご無沙汰しています、マクリヌス“元”大公殿下』

 音は声となり、言葉を紡いで、マクリヌスの名を呼んだ。
 “元”を殊更に強調し、しかし嘲る事も嗤う事も無く、寧ろ敬意を払っているとすら思える声音。
 その声が誰の物なのか、マクリヌスは直感的に理解した。

「貴様――『終焉装置(デウス=エクス)』……? ――そ、そうか、貴様が!」

 総身を苛む恐怖が、怒りによって一瞬で塗り潰される。
 この一週間というもの、寝ても覚めても、二十四時間四六時中考え続けていた事。
 何故、自分はこんな目に遭っているのか。遭わされているのか。その疑問の答えは実のところ、既に出ている――きっと誰かが、自分を陥れたに違いない。
 では一体誰が。残念ながら、その答えは出なかった。不幸な事に、マクリヌスにはその心当たりが多すぎた。先日、この声の主が(マクリヌスの知らないところであるが)評した通り、誰も彼もを敵対視し、脅威を過剰に受け取るマクリヌスは、周囲の誰もが己を陥れる理由と動機を持っていると考えていたのだ。
 それ故に、容疑者は絞れなかった――今、この瞬間までは。
 このタイミングでわざわざ話しかけてきた相手が、現在彼が置かれている状況に無関係であるとは、到底思えない。 

「貴様が――裏切ったのか!」
『あら。心外ですわ“元”大公殿下。これでも商売人の端くれですもの、そんな不義理は致しません』

 しれっとそう宣うレコーダーの声。
 『録音』と『再生』しか出来ない筈のレコーダーが、明らかに双方向通信を行っている事に疑問すら抱かず、マクリヌスは血走った目でレコーダーを睨みつける。

『まあ、それでも、全く見当違いという事はありません――確かに、貴方の窮状に私は関与しています。
 マクリヌス“元”大公殿下。貴方はマルクス国王陛下が邪魔で、マルクス国王陛下を排除する為に、私に暗殺計画の立案を依頼してきた。マルクス陛下が居ると、いつまでも自分が国王になれないから、という理由で。ええ、上昇志向が強いのは結構な事です。私も商売繁盛で有り難い事です。
 けれど。上昇志向が強いのは、何も貴方に、マクリヌス“元”大公殿下に限った事ではありませんよね。
 種を明かせば簡単な話――現時点で王位継承権第一位である貴方を邪魔に思う王族が居たところで、別に不自然は無いでしょう?』

 マクリヌス=オベリウスは知る由も無かったが、彼の依頼を請け負って現れた少女は、二つの計画を携えてこの世界、ヘイムダルを訪れていた。
 洒落た名前を付ける訳でも無く、事務的に『プランA』『プランB』とのみ呼称されていたそれらの計画は、決して一つの計画のバリエーションでは無く、それぞれ別々の目的の為に組み上げられた、別個の計画であったのだ。
 『プランA』――アルカディア大公マクリヌス=オベリウスの依頼による、国王マルクス=オベリウスの暗殺計画。
 対して『プランB』――依頼者はここでは伏せるが、内容は大公マクリヌス=オベリウスを王位継承順から排除、可能であれば殺害する計画。
 マクリヌスの現状は、ただ単に何者かが依頼した『プランB』が、マクリヌスの依頼した『プランA』に先んじて完遂されたと、それだけの事でしか無い。

『ああ。一つだけ、お断りさせて頂きますと。私は別に、どちらかが有利になる様に計画を組み上げた訳ではありません。単にタイミングの問題です。
 “元”大公殿下は「いつでも良いから疑われない様な手段でマルクス国王を殺す」計画をご注文くださり、
 もうお一方は「建国式典の前日までにマクリヌス大公を排除する」計画をご注文くださったというだけの事です。
 ご注文の際に「いつでも良いから」という文言を入れなければ、或いはもう片方の計画が何らかの理由で失敗していたのなら――貴方が今、そこでそうしている事は無かった訳ですね。心中お察し申し上げます、ご愁傷様でした』
「だ、誰が―― 一体誰が、この儂を嵌めたと……!」
『残念ながら、その質問にはお答え出来かねます。お客様の個人情報を明かす訳には参りませんので』

 時間が迫っている。
 刑場の隅に佇んでいた死刑執行人が、看守の目配せに頷いて、壁に備え付けられたレバーに手を掛けた。このレバーを押し下げる事で足場が外れ、死刑が執行される。通常の死刑囚ならばこの時点で目を閉じ、数秒後に来る死を享受しようとするものだが、しかし今のマクリヌスに――事の真相を明かされ、激昂に思考を沸騰させているマクリヌスに、それは望むべくも無い。
 スピーカーから漏れる、くすくすという罅割れた笑い声が、処刑場の中に反響する。

『それでは。この度は我々「スマートブレイン・プランナーズ」をご利用頂き、誠に有難う御座います』

 だがそれも直に止まり、代わって真摯な声音が、スピーカーの向こうから響いてきた。
 喜悦も侮蔑も無く。死に逝く者への態度として、それは充分に場を弁えた態度であった。

『私どもスマートブレイン・プランナーズは、私どもの計画をより完璧に、より完全に実行して頂けるお客様に、優先的にお取引させて頂いております』
「貴ッ――様ァァァアアアアアアアアアアッ!!」

 絶叫はまるで悲鳴の様で。
 と同時に、執行人の手が、がくんとレバーを押し下げる。
 がぱんと音を立てて床板が外れ、黒々とした空白を男の足下に作り出し。
 魔導師ならぬ男には、重力の縛りから逃れる術は無く――


『またのご利用を、お待ちしております』





◆     ◆





(続く)





◆     ◆





後書き:

 ……は、次回にまとめて。
 最後にちょっとしたエピローグが入って、リレー終了です。
メンテ
Re: 習作:リレーのようなもの  次元世界旅行記 ( No.10 )
日時: 2010/06/10 15:06:36
名前: 透水 

 次元世界旅行記
 エピローグ/後日譚という名の前日譚



 並行世界への出張兼観光旅行を終え、元の世界に――ミッドチルダに戻ってきて一ヶ月。
 その日、結城真樹菜は一人、クラナガンの外れに在る商店街を歩いていた。
 繁華街のメインストリートからはやや離れた、都心の再開発によって往時の勢いを失いかけた全天候型のアーケード街。再開発後に雨後の筍が如く林立し始めたビル群に押され、この商店街も一時は店舗の四割が営業停止状態の、寂れたシャッター街となっていた。どこの世界、どこの街でも、似た様な事は起こるものだと、以前に真樹菜は少しばかり呆れた記憶がある。
 だが半年ほど前から、そんな状態を打開しようと、商店街は何やら委員会だか組合だかを立ち上げ、繁華街とは別の方向性を打ち出す事で生き残りを図ろうと模索しているらしい。具体的に何をしたのかは真樹菜の知るところでは無いが、現状、それは功を奏し、下落の一途を辿っていた集客力が上昇の兆しを見せているのだとか。
 こうして歩いてみれば確かに瞭然、成程活気に満ちている。五分ほど歩けばクラナガンの繁華街、メインストリートに出るのだが、そちらは傾向として若者向けの小洒落た店が多い。対して商店街は全体的に猥雑としていて、どこかアングラな雰囲気を漂わせている。

「……で。この辺の筈なのですけれど……ああ、あれですね」

 一枚のチケットを手に周囲を見回していた真樹菜だったが、やがて“それ”を見つけて、歩み寄る。
 このアーケード街は二本の道路が中央で交差する形、上空から見れば『×』の字を描く様にして存在している。その交差点、ベンチが幾つも設えられた広場に、小さな集会用仮説テントと、その周囲に集まる人の群れが見えた。テントの上部にはミッド語で『御愛顧感謝御礼福引き実施中』と書かれている。
 この日の真樹菜は、この福引きの為に商店街を訪れている。友人から福引き券を貰ったのを機に、最近俄かに活気を取り戻している商店街を見てこようという腹であった。
 
「すみません、一回お願いします」
「あいよ、福引き券をもらえるかい? ……はい、じゃあ一回だね!」

 恰幅の良い中年女性に福引き券を渡し、真樹菜は抽選機に手を掛ける。地球で(正確には日本で)頻繁に見かける、八角形の箱を回転させるタイプの抽選機。何度か回し、がらがらという音を楽しんでから、おもむろに回転速度を落とす。
 ころん、と箱の中からグリーンピース大の玉が転がり出て、受け皿の上に落ち涼やかな音を奏でる。必然として周囲の人間の視線――無論、真樹菜も含む――がそれへと集中し、次瞬、彼等は揃って瞠目した。

「――あら」

 からんからんからん! と鳴り響く、景気の良いハンドベルの音。
 一等! 一等出ました! と嬉しそうに、喜ばしそうに声を張り上げる中年女性。
 そして、望外の幸運に目を瞬かせている結城真樹菜。
 テントの中に張り出された紙、福引きの景品を列挙した一覧を確認して、再度視線を落とす。……抽選機から出てきたのは、光を反射して煌く黄金の玉。
 略して、金――

(……そう言えば、伽爛さんってもう“取って”しまったんでしょうか)

 先日、露天風呂に入った時にでも確認しておけば良かったと、まるで関係無い方向に真樹菜は思考を傾ける。
 周囲の人々が拍手を以って祝福してくる。それにどう反応して良いものやら解らず、曖昧な愛想笑いで応える真樹菜へと、福引き担当の女性が一通の封筒を渡してきた。中身を確認してみれば、それはとある世界への旅行券。それも二人分だ。
 券を封筒に戻し、封筒を鞄に仕舞って、真樹菜は踵を返し抽選会場を後にする。
 歩きながらふむ、と一つ頷いて、彼女は誰にともなく呟いた。

「              」





◆     ◆





「優人ちゃん、戦略シミュレーションゲームって興味ある?」
「……なんで俺の家に居るんですか」

 福引きで引き当てた並行世界旅行から帰ってきて、一ヶ月。
 その日、三十日優人が仕事を終え、愛すべき我が家に戻ってみれば――そこにはリビングに我が物顔で居座る巨漢の姿。
 ボディビルダーもかくやという筋肉で総身を鎧い、しかし水商売を髣髴とさせるドレスと化粧でその身を飾った、もうステレオタイプというかテンプレートというか、世間一般が『オカマ』という言葉に抱くイメージをそのまま実体化させた様な人間が、そこに居た。
 勿論、それは優人にとって見知らぬ人間では無い。先日の旅行の際、ふとした事から知り合った相手。確か名前は濁音たっぷり臥駿河伽爛。
 で。先述した通り、このオカマはリビングに我が物顔で居座ってくつろいでいる訳なのだが。

「あぁっ!? 俺の家がヨーロッパ貴族の屋敷みたいな有様に!」
【原型留めてませんね】

 そう。三十日家のリビングは今、中世ヨーロッパよろしくの家具調度が揃えられ、どこぞの王宮もかくやという状態に成り果てていた。
 床に敷かれたカーペット、室内のあちこちに配されたカウンターテーブルやディスプレイショーケース。窓にはシルクのカーテンが掛けられ、見れば窓ガラスも一部ステンドグラスに替えられていた。天井からは豪勢なシャンデリアが吊られており、きらきらと眩く煌いている。
 部屋の中央には円形のテーブルとスツールが二つ。うち一つには伽爛が腰掛けている。テーブルには白いテーブルクロスがかけられ、その上に燭台(これもまたやたらと高価そうな代物だ)が飾られていた。
 18世紀フランス王宮を思わせる有様にリフォームされたリビングで、一人優雅にお茶などを嗜んでいる臥駿河伽爛の図――世に『掃き溜めに鶴』なる格言があるが、今、優人の眼前に現出している光景は、まさしくその対極と言えた。

「劇的なビフォーアフターでしょ」
「匠の技の無駄遣いだ!」
【なんという事でしょう】

 ちなみにこの日、優人と共に暮らす同居人達は皆、里帰りや友人宅でのお泊まり会などで家を空けている。可愛い義妹や愛すべき友人達がこの怪人と接触しなかったのは不幸中の幸いと言えるが、しかし考えてみれば、誰かが家に居たのなら勝手なリフォームをされる事も無かったのでは無いだろうか。そういう視点で見てみれば、誰も居なかったのは寧ろ運が悪かったと言えるのかもしれない。
 まあ、詮無い思考である事に違いは無いが。
 どすんと乱暴にスツールに腰掛け、優人はじろりと伽爛を睨み付けた。
 一応、念話でハルにはいつでもバリアジャケットを展開出来る様に指示しておく。不意を打たれない限り、とりあえず、逃げる事くらいなら可能だろう……先日、アルカディアにおける戦闘で見せ付けられた伽爛の手練を考えれば、些か甘い予想かもしれないが。

「完ッ璧に不法侵入じゃないですか……言っときますけど、金目の物なんかありませんからね」
【寧ろ持ち込まれた家具の方が値打ち物な気もしますが】
「まあまあ。ほら、お茶でも飲んでリラックスなさいな」

 やたら高級感溢れるティーカップに紅茶を注いで勧めてくる伽爛。
 一瞬躊躇するものの、結局、優人はそれを一息に飲み干した。

「……で。何の御用ですか、伽爛さん」
「ん。優人ちゃん、戦略シミュレーションゲームに興味ある?」
「戦略……? ああ、『信長の絶望』とか『三千国志』とか? 別に嫌いじゃないですけど。あまり性に合ってもないんですけどね……ん?」

 何か、嫌な予感。

「よし、じゃあ冒険しましょう」
「待て、全然つながってない」

 脈絡が無いにも程がある。
 戦略シミュレーションゲームで、何故冒険になるのだ。

「一応訊いておきますけど。『冒険しましょう』の動機は?」
「アタシ、明日からお休みなの。お店が改装中でね、ちょーっと暇になっちゃったから。誰か誘って遊びに行こっかなーって。真樹菜ちゃんは何か別の用事があるみたいだし」
【そこでマスターを誘おうという思考が理解出来ません】
「あら、ハルちゃんも一緒に来てくれて良いのよ?」
【寧ろ私を置いていく選択があった事にびっくりです】
「ホテルは優人ちゃんとハルちゃんとで一緒の部屋にするし。アタシ空気読んで別の部屋にするし」
【ダブルベッドの部屋を所望します】
「布団は一つ」
【まくらは二つ】

 何故か意気投合している一人と一機だった。

「行く方向で話が進んでるじゃないか。……いや、伽爛さん。俺、明日も仕事があるんですけど」
「そう。そりゃ残念ね」

 普通の人間であれば、伽爛の『残念』という言葉を『誘いを断られて残念』という意味に取るだろう。実際文脈からすれば、それ以外に解釈のしようが無い。事実、三十日優人もその通りで、ああこれで大人しく帰ってくれるかと、淡い期待を抱いたりもしてしまった。
 次の瞬間、それがばっさり裏切られるなどと、知りもせず。

「…………うぁ?」

 くにゃり、と視界が歪む。
 くるくると回り始める世界。と同時に断線し始める意識。全身から力が抜け、三十日優人という個人が泥濘に埋没する。て言うかもう脳内では羊の群れが大挙して押し寄せ、優人の意識を押し流そうとしている。必死に抵抗するものの、一個師団は優に超えようメリーさんの団体に抗いきれる筈も無く。

「うふふ。甘いわねえ甘々ねえ、もうとろけるくらいにだだ甘ねえ、優人ちゃん。ここまでくると自業自得なんじゃないかしら」

 その言葉で、優人はこの異変の原因を悟る。いやその言葉を聞く前に薄々感付いてはいたのだが。先に伽爛から振舞われた紅茶、あれに一服盛られていたと考えるのが自然だろう。つかそれ以外にどう理解しろと。
 つまるところ、先の『残念』という言葉は、単に『非合法な手段を取らざるを得ないのが残念』というだけの事であって、『断られたから諦める』という意味合いは一切含まれていなかったという事だ。

【マスター!? マスター、しっかり!】
「いや、ごめん、無理」
「大丈夫よ、代わりに有給の申請しといてあげるから」
「ありがとう地獄に落ちろ」

 先月も有給取ったのに、今月も取れるだろうか――それ以前に、本人以外の申請が通るのか。
 そう考える思考すら、一秒ごとに失われていく。
 ごとん、と顔面からテーブルに突っ伏して。
 そうして最後に。
 臥駿河伽爛が弾む声音で何かを言って――その言葉を最後に、三十日優人の意識はぷつりと途切れた。

「              」





◆     ◆





 天城美月によってとある管理外世界へと拉致……もとい、祖母(?)との楽しい旅行から戻ってきて、一ヶ月。
 その日、空咲裕里は自身の学び舎である私立聖祥大学付属小学校の校舎の前で、呆然と佇んでいた。
 一応補足しておくと、それは決して裕里に限った事では無い。ここに通う生徒の大半が、裕里と同様に校舎の眼前で佇立を余儀なくされている――そう、『余儀なくされている』だ。決して裕里が、その他の生徒達が、自身から望んでそうしている訳では無い。
 更に付言するなら、大半の生徒が佇立しているという事は、即ちそうでない生徒も少数ながら居る訳で。そういう生徒は果敢に校舎へと飛び込んでいき、……同じだけの勢いで、飛び出してくる。
 『行って』『戻ってくる』では無い。『這入って』『出て来る』だ。それは似ている様でまったく別の事。
 より簡単に説明するなら――そもそも、校舎の中に這入れないのだ。足を踏み入れた筈なのに、気付けば校舎の外に出てしまっている。空間が捩じれて入口と出口が繋がってしまったと言う方が近いだろうか。そういえばこんなコントどこかであったなあ、と思ったり思わなかったり。
 そんな訳で、裕里以下生徒ほぼ全員(ついでに教員の一部も含む)は校舎の前で立ち往生。一体どうしたものかと揃って首を傾げ、一部では苛立ちからか騒ぎ始める生徒の姿も見える。警察が出て来るのも、そう遠い事ではあるまい。
 はあ、と一つため息をついて、裕里は友人達に気付かれぬよう、こっそりその場を後にした。



「――美月さんっ!」
「あ。来た来た。遅かったね」
「て事は、やっぱり美月さんの仕業ですね!」
「何の事だかぜんぜんわかんない」
「せめて僕の目を見て言ってください!」

 妙にぞんざいな扱いに、つい声が大きくなってしまう。
 という訳で上述の事態を招いた最有力容疑者こと天城美月の家へとやってきた裕里であるが、当の美月は何やら妖精と話しこんでいて、裕里の扱いが微妙におざなりだった。
 ちなみに、妖精というのは何かの比喩という訳では無く、そのままの意味でまさしく妖精である。30cm程度の大きさの少女、しかも背中には透き通る羽が二対。子供向け絵本や、或いは童話に出て来る妖精そのままな姿のそれが、テーブルの上に広げられた何がしかの資料を指差して、美月とあれこれ話し合っている。
 ……ん?

「あれ、この妖精さん、どこかで見た気がするんだけど……」

 それも割と最近。
 裕里が首を傾げていると、妖精の方も裕里に気付いたらしく、ふよふよと浮いて近寄ってくる。
 目前にまで近寄ってきた妖精が、ぺこりと頭を下げた。

「こんにちは! わたくし、ブラッドバス旅行社旅行プランナーのリイと申します!」
「あ、こ、こんにちは。……え、あれ? 旅行プランナー……?」
「はい! 次元世界から並行世界、天界、魔界、バイストンウェルからナメック星まで、どんな世界のご旅行でもばっちりサポートさせて頂いてます!」

 ますますデジャヴな気がする。
 知り合いにこのサイズの少女(?)は居なかった筈だし。けど旅行社がどうとか、並行世界がどうとか、どうにも記憶に引っ掛かる点が多すぎた。ついでに言うなら、妖精少女の『リイ』って名前も心当たりがある様な無い様な。
 あとブラッドバスって。
 血風呂?

「ほら、この前のアルカディア旅行。なんだっけ、優人くんとハルちゃん? が連れてたガイドナビの子」
「あー!」

 美月に言われて、漸く思い出す事に成功。確かに、先日の旅行の際に立ち寄った露天風呂で一緒になった人達の中に、このサイズでしかも妖精の様な格好をした少女が居た気がする。他の人達がやたら濃いので微妙に印象に残ってなかったが。
 そう言えばあの時、美月がこっそり盗んできたドラゴンの卵。露天風呂で知り合ったとあるオカマに渡したのだが、どうだろう、彼はちゃんと親のところに卵を返してくれただろうか。見た感じ信用出来そうな人だったが、見た感じ胡散臭い人でもあったので、ちょっと心配。

「盗んでないよぽりぽり。落ちてるのを拾っただけだよぱりぱりぱり」

 地の文につっこむのやめて。
 あと喋るかせんべい食べるかどっちかにして。

「ガイドナビ? あー、ルイの事ですね。妹がお世話になったみたいで」
「あ、妹さんなんですか」
「はい。長姉で運転手のライ、次姉で旅行プランナーの私ことリイ、三姉でガイドのルイ、末妹で通訳のレイが居るのです」
「その下にロイさんとかいないんですか?」
「いません」

 にべも無い返事だった。

「それで、そのリイさんが、どうして美月さんのお家に?」
「そりゃ、旅行に行くからに決まってるじゃない」
「それと僕の学校が不思議時空になってる事と、どういう関係が?」
「休校になったので旅行に行こう!」
「それ言いたいだけじゃないですか!」

 先月も旅行に行ったというのに、果たしてこんな調子で自分は卒業出来るのだろうか――まあ私立とは言っても義務教育だから、卒業出来なくなる方が難しいだろうけれど。
 頭を抱える裕里の肩に、ぽんと置かれる掌がある。言うまでも無く天城美月。にっこりと浮かべた満面の笑みが本当にもうどつき倒してやりたい。
 無理だけど。
 
「元ネタを尊重して停学になってもらおうかなとも思ったんだけど。さすがにそれは裕里くんが可哀想かなって思ったから、休校にしてあげたの」
「上から目線がぜんぜんありがたくないですよぉ……」

 寧ろ余計に辛かった。
 と、不意に美月が「あ、そうだ」と何かを思い出した様な顔で、リビングの隅へと歩いて行く。向かう先にあるのはやや大きめなダンボール箱。リビングの内装にそぐわない、つい今し方届いた宅配便と言った風情のその箱を、美月はがさごそと漁り始める。
 何だろう、と裕里もまた、美月へと――美月の漁るダンボールへと――歩み寄った。と、美月が箱の中から何かを見つけたらしい。取り出したそれを見てみれば、それはDVDが普及した昨今では珍しい、一本のビデオテープだった。
 いかにもご家庭でダビングしましたという感じで、ラベルこそ張られているものの、何も書かれていない。

「何ですか、これ?」
「んー? ちょっと知り合いに貰ったの。裕里くんにあげる」
「はあ……」

 彼がこのビデオのタイトル、そして内容を知るのは、もう少し先の話。
 その際に起こった、割と洒落にならないレベルの惨劇に関しては、これは完全に封印されるべき話である……少なくとも、今、この場で語れる事では無い。

「じゃ、そういう訳で」

 何がどう『そういう訳で』なのかはともかく、いかにも話が一段落ついたと言わんばかりの顔で――裕里にしてみればまったく全然これっぽっちも致命的に説明が足りてないし、そもそも説明らしい事すらされてないのだが――美月は立ち上がり、既に用意してあった旅行用の大型鞄を引き摺ってくる。
 そうして彼女は、満面の笑顔でこう言った。

「              」





◆     ◆





 結城真樹菜が誰にともなく呟いた。
 三十日優人が暗転する意識の中でそれを聞いた。
 天城美月が満面の笑顔で言い放った。
 奇しくもそれは、言葉こそ違えど、意味するところは共通で。
 つまり――





「旅行に行こう」





 そして彼等は旅に出る。
 見知らぬ地へと出会いを求め、見果てぬ地へと刺激を求め。
 彼等が訪れた地で何を見、何を聞いたのか。何を経験し、何を体験したのか。
 それを語るのは、また次の機会に。
 
 



◆     ◆
































































 …………………………。
 以下、余談である。

「あれ、れー姉? どないしたん、電話睨んで座りこんで」
「おかしいわね。この流れなら、私のところに並行世界の私から助けを求める電話が来る筈なんだけど」
「『鳴らない、電話』か」
「『知らない、天井』とか」
「天井は知っとるやろ。ここわたしらの家や」
「ごもっとも」
「まあ、要は今回のリレーのオチがれー姉という事やな」
「いまいちしょっぱいオチに私の怒りが有頂天」

 あ゛ー、と一つ唸って、八神玲はごろりとリビングの床に転がった。
 結局、何だかんだで数日の後、彼女もまた旅に出る事になるのだが――その動機に関しては、一切が不明のままである。





◆     ◆





(完)





◆     ◆






後書き:

 以上、リレー小説終了です。一人二話、という約束なのに、透水だけ三話(前話が字数制限の為に前後編なので、それ含めると四話)書いててごめんなさい。
 
 ラストに蛇足っぽい感じでエピローグ。
 今回のリレー、本来接点の無い四組が偶然顔を合わせるってのが売りなので、この四組八人、あまり密接な繋がりが無いんですよね。そんな関係の連中が全員集まって仲良く和やかにエンディング、というのもどうかなあ、と思い、こういう形に終わらせてみました。
 いやまあ、終わってないんですけど。『俺達の旅はまだまだ続くぜ!』なオチなんですけど。打ち切り漫画っぽくなってしまった。
 リレーの一話〜四話で提示された、それぞれが旅行に出る動機をシャッフルする形で後日譚としてみたんですが、うん、無理矢理感が漂ってるな(笑)。
 
 まあそんな感じに(?)、リレー終了です。一条空様、ふぁんふぁ様、ws様には大変お世話になりました。
 またいずれ機会がありましたら、お声をかけて頂きたいと思います。
 
 及び、今回のリレー小説を読んでくださった方にも御礼の言葉を。ありがとうございました。
メンテ

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